キジムナー その2
少年は、腰にアダンの葉でできた腰ミノのようなものを着けていた。
「誰?」
少女だったおばあが訊ねると、
「あげる」
と言って、少年はにっこりと笑い、
手にしていた白い貝殻でできたネックレスをくれた。
「ありがとう」
おばあがお礼を言いながら顔を上げると、少年の姿はなかった。
周りは砂浜だ。
一瞬で隠れる場所なんてどこにもない。
「名乗らなかったけどねぇ、あれが多分キジムナーさぁ」
おばあは言った。
「そのキジムナーはねえ、ガジュマルの枝にも、よぅくぶら下がって遊んでたよ。わんと目ぇ合うと、にっこり笑ってさ。あかんべえ、って」
「恐ろしい感じではなかったんですか?」
「じぇんじぇんよ。友達だったさぁ。ほぅれこんな顔して」
おばあは両手の人差し指で頬の端を引っ張ってぎょろっと目を剥き笑ってみせた。
「キジムナーや、死んだ子供の霊とか、ガジュマルの精とか、ニライカナイの使いともいうねぇ」
おばあは泡盛のロックをすすりながら言った。
おじいは幾分重い口調で話しはじめた。
「あれは今日みたいな、暑い日だったさ」
おじいはその時三十過半ば、ちょうど僕くらいの年齢だった。
海に放ってあった網に大きな手ごたえがあり、
サバニ(漁船)に引っ張り上げた。
色々な魚が百匹ほどかかっていた。
すぐにおじいは異変に気づいた。魚がみんな死んでいるのである。
死んだ魚の姿を見て、ぎょっとなった。
すべての魚に目がなかったのだ。
両目とも、明らかにほじくり出されたような痕があった。
ふと海面を見ると、舟から2メートルほどの距離に、
20センチくらいある茶色い藻の塊が浮いていた。
その藻の隙間から白目のほとんどない二つの目がおじいを見ていた。
「やー、キジムナーかぁ!」
叫ぶなり、サバニのオールで藻の中心辺りをぶっ叩いた。
粘土の塊をを叩くような、いやな重さの手ごたえがあったという。
藻はゆっくりと海中に沈んだ。
なおもおじいは藻が沈んだ辺りを見ていると、
「いてえ」
と、反対側から声がした。
振り向くと、藻の塊はさっきの五倍ほど、
1メートルくらいの大きさになっていた。
よく見ると、それは藻ではなく髪の毛だった。
「このつぎは死なす」
丸い大きな目を怒りに赤く染め、それは言った。
おじいが恐怖で動けずにいると、とぷん、と音をさせ、それは沈んで消えた。
それから一ヶ月間ほど、おじいの網には魚がまったくかからなかったらしい。
「あれは妖精や精霊やいう可愛げなもんじゃないんど。もっとまがまがしい、恐ろしい何かさ」
僕は泡盛のソーダ割りが入ったグラスをぎゅっと握り締めたまま、
話に聞き入っていた。
「この世の人間があまり深入りせんことよ」
