lullaby その5
ドアを閉めているから聴こえないのではない。
確かに泣き止んでいる。
そして。
違う音が聴こえる。
違う声が聴こえる。
懐かしいメロディーが。
RとWさんしか知らないはずのメロディーが。
誰かが歌っている。
思わず哺乳瓶を取り落した。
幻聴かと疑った。
俺はこんなにこっぴどくアルコールにやられたのか、と。
だが、違った。
確かに聴こえる。
生まれてはじめて書いたオリジナルソングが。
その歌は、チャゲ&飛鳥のそれに似ていた。
まぎれもない。
Wさんの声だった。
(……幽霊だって何だっていい)
Rはドアに手をかけ、
(せめてもう一度だけ――)
ゆっくりと押し開いた。
歌声はベビーベッドから聴こえた。
赤ん坊が、Wさんの声で静かに歌っていた。
遠い昔、スタジオで、河原で聴いた声だ。
忘れようもない、
Rが惚れこんだあの声だった。
Rの胸には恐怖心も、
なぜか驚きの感情すら去来しなかった。
ただこう思った。
――やっぱりきれいな声だなあ。
やっぱり毎日でも聞いていたいような声だなあ。
瞬間、Rはその場に突っ伏していた。
吠えるように泣いた。
号泣しながら彼は、
額を床に叩き付けるようにして、
何度も何度もWさんと赤ん坊に詫びた。
涙は止まらなかった。
いつまでも流れ続けた。
『……全部話してくれた時、
やっぱりすごくびっくりしましたけど。
それでも父を責める気になんて、
これっぽっちもなりませんでした。
だって、
片親でわたしを立派に育ててくれたんだから』
ナルミさんは手話を駆使してそう言った。
もちろんナルミさんには赤ん坊の頃の記憶などない。
当然あのとき自分が歌った、
Rのオリジナルソングの記憶も。
『わたしは子守唄を聴いたことがありません。
母に抱いてもらったこともありません。でも、
父の作った歌があったかいことだけは知っています。
――だって、それは母を想って作られた歌ですもん』
彼女は今年で二十歳になる。
難聴は母親から忘れ形見のように受け継いでしまったが、
定期健診の結果、
心臓に欠陥は見られないという。
『実はね、今日も定期健診の日だったんですよ』
ナルミさんは診断表らしきものをバッグから出した。
そして、
『体脂肪率と体重が載ってるんで、
ちょっと見せられないですけどね』
と、いたずらっぽく微笑んで言った。
