烏(からす)
げあ、げあ、という烏の鳴き声を聞くと、
Gさんは思い出す。
「烏の鳴き方には気をつけろ、っていうのがおばあちゃんの口癖でした」
都会でも、夜の烏の声は恐ろしい。
ああいう鳴き方をする時は、
烏同士で何か連絡を取り合っているらしい。
「そういう話は最近聞いたんですけど、昔からおばあちゃんに怖い話を聞いてたから。
いやな鳴き方をする烏がいると、道を変えたりしてました」
Gさんは怪異に魅了されているわけではないが、
わりと不思議なものを昔から見たり、
体験したりということがあるらしい。
そんなGさんの体験の一つ。
今から十年くらい前、彼女が大学生の頃。
名は伏せるが、彼女いわくそこはチャラい大学だった。
そしてさらにチャラいサークルに入っていた。
流されるように入ったサークルだったので、
周りを責めるようなことはしなかった。
でもチャラい周りのメンバーのことは好きになれなかった。
ある日のこと。
都市伝説が流行っていたことに後押しされたのか、
Gさんはメンバーに廃墟探訪に誘われた。
オカルトじみたことはそれほどキライではない。
美しい廃墟の写真にもGさんは興味があった。
「ドライバーがかっこいい男の子だったってのも大きいですね」
男二人、Gさんを入れて女二人。
ちょっとコンパのようなノリも嬉しくて、
Gさんは参加することにした。
廃墟は九州にある。
古いホテルだ。
建物は思ったより古びていない。
天気も良かった。気温もちょうどすごしやすいくらい。
それなのに。
「寒気が治まりませんでした。風邪ひいてるのかなってくらい」
もう一つ気になることがあった。
「烏が異様に多かったんです。食べ物なんか全然ないはずなのに」
廃墟の低い塀の上に、ずらっと烏がとまっている。
鳴き声はまったくたてない。
そこがまた不気味だった。
「そーれーでーはっ!」
ドライバーのイケメンW君が、
車から降りるなり、走って塀に飛びついた。
烏がばっ、と飛び立った。
「ねえ、ちょっと。行くのやめない?」
Gさんの注意にメンバーは変な顔をした。
「なに、G。ここまで来て」
「そうだよ。ノリだよノリ。陽気にしてたら怖いモンも出ないって」
「いや、でもさ……」
メンバーはGさんの言葉を無視し、塀をよじ登った。
ここに一人で残されるのは嫌だった。
しょうがなく、Gさんもついてゆくことにした。
苦労して塀を乗り越えると、
敷地内には背の高い草がたくさん生えていた。
身長が150センチくらいしかないGさんは、
塀を降りてしまうともう先が見えない。
「……ちょっと! みんなどこ?」
Gは大声を出した。
返事がない。
「もう。冗談やめてよ! ねえ」
もう一度大声を出そうと思った時、返事が聞こえた。
「げえげえげえ。げげげげげえ」
ぞっとした。誰かが嗤っているのかと思った。
違った。
「烏の声だったんです」
それは人間の声にそっくりだった。
「ぎょっぎょっぎょっ」
「うげえげえ。げげ」
「げえへへへへ」
汚い鳴き声があちこちから聞こえた。
さっきまでは静かだったのに。
「もう怖くて泣きそうになりました。車に戻ろうかな、と思った時」
仲間の声が聞こえた。
さらに奥、建物のある方から。
「まーだそんなとこにいんのかよー」
「こっちこっち。早く来ーい」
「すっごいよ中。こっち見てみなよ」
Gさんはほっとし、草を掻き分けて先へ進んだ。
がしっ、という感じで後ろから肩を掴まれた。
心臓が止まりそうになった。
振り返るとメンバーのW君だった。
「……さっきから呼んでんのに。そっち行っちゃダメだって」
W君は血相を変えていた。
後ろには他のメンバーが全員、心配そうな顔で見ている。
「え……? だってこっちから声が」
いつの間にか、Gさんは建物のすぐ前にいた。
なぜか気付かなかった。
そしてその足元は。
「床がありませんでした」
地下室と一階を隔てる床が没落していた。
地下は真っ暗で、何メートルあるかもわからない。
あと三、四歩先へ進んでいたら。
ふと周りを見渡した。
烏は一羽もいなかった。
