血も凍るような怖い話
十五年以上前、U君が高校生の頃の話。
当時彼は大阪の北部、ほとんど京都との境辺りに住んでいた。
山裾にある古い家で、
U君の六畳間は離れに一部屋だけ孤立して建っていた。
雨がしとしと降る、ある梅雨の夜。
U君はその部屋で友達六人と四方山話に花を咲かせていた。
何組の誰それは可愛い、とかいった話が一通り終わった頃。
極めて自動的に、座は怪談話に移行した。
静かな夜だ。雨音以外は聞こえない。
場を盛り上げるため、
U君は蛍光灯を消して懐中電灯を一つつけた。
うおっ、と興奮気味の声が上がった。
こうして百物語ははじまった。
一人。また一人。
怪談話を終えてゆく。
誰もが話しなれているネタなのか、ムードたっぷりに話す。
どの話もけっこう怖い。
「トイレ、行けなくなるなあ……」
誰かが小さくつぶやいた。
話を聞きながら、U君は焦りはじめた。
怖い話が思いつかない。
知っているはずなのだ。
聞いたことがあるのだ。
取って置きの話。
しかし、頭にもやがかかったように浮かばない。
四人目が話しはじめた頃から、
部屋の中がうるさくなってきた。
みしみしっ、とか、ぱしっ、とか音が鳴る。
これだから古い家はやだよな、
と誰かが冗談っぽく笑って言った。
だが、その音の不自然さにはみんな気付いていた。
古いから鳴っているにしては、あまりにも急過ぎる。
さっきまでは雨の音しか聞こえていなかったのだ。
全員、言葉には出さなかった。
びびっていると思われるのがいやだったからだ。
しかし表情には現れていた。
これは、やばい。
このまま続けてはやばい。
誰かこの百物語をストップさせてはくれまいか。
当然、誰も止めない。
五人目が終わった。音は鳴り続けている。
六人目が終わった。音は鳴り止まない。
そしてU君は怖い話が思いつけない。
「おい」
横の男が、U君の方を向いた。
「お前の番だぞ」
お前で最後だ、と彼は言った。
U君は頭を掻いた。
「……いや、それがな……」
ベタで誰もが聞いた覚えのありそうな三文怪談で茶を濁そうか、
と思った瞬間。
U君は思い出した。
昔友達に聞いた、血も凍るような怖い話を。
U君はひざを打った。
「思い出した!」
そう言った瞬間、ばしっ、という強烈な破裂音が響いた。
全員が音に驚いていると、
めりめりめりっ、という音とともに壁の一面が外に向かって崩れ落ちた。
一瞬何が起こったか理解できなかった。
しかし、反射的に懐中電灯はを崩れた壁のほうに向けた。
壁の向こうは山裾だ。
一瞬だけ見えた。
暗い山の斜面、壁があったすぐ向こうに、
真っ黒の何かがいた。
子供くらいの大きさだ。
何十という群れだった。
それらはまっすぐU君達を見ていた。
U君が何か声を出そうと思った一瞬前。
黒い群れは、
てんでばらばらの方向にざざざざっ、と消えた。
そこにはただ、
何事もなかったかのように雨に濡れた木々が立っていた。
雨が続いたから、古い土壁が弱って崩れたんだろう、
とU君のお父さんは言った。
U君が話を思い出した瞬間に鳴った大きな音のことも、
崩れた壁の向こうにいた黒い何かのことも、
お父さんには言わなかったらしい。
僕はU君に尋ねた。
「結局、血も凍るような怖い話ってどんなの?」
U君は意味深に微笑み、何も言ってくれなかった。
