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lullaby その3

『そうならないように二人とも気を付けていたんです。
……でも』

その夜に限っては、
Wさんが愛しすぎたようだ。
愛し合っているからこそ避妊は徹底していた。
しかしその夜だけは、
たかだか0.03ミリの化学物質に互いの体温をほんの少しでも奪われたくはなかった。
それほどまでに、美しすぎる夜だったのだ。
その日は、Wさんの誕生日だった。


「俺と結婚してほしい」

Rは言った。
もし子供ができていなくても、
卒業したら絶対にプロポーズする気だった、と。
Wさんは大きな目で数秒間Rの顔を見つめ、
ぽろぽろと大粒の涙を流した。

「――ごめん。……ほんとごめんね」

結婚はできない、とWさんは言った。
とても大事な話を、まだRにしていないという。


Wさんの心臓には深刻な欠陥があった。
それは遺伝的なもので、
彼女の母親もWさんを産んですぐに他界している。

「ひょっとしたらあたしは大丈夫かも、
って思ってたんだけどね……」

しかし、Wさんの体にも病の予兆は現れていた。
これ以上好きになってはいけない。
体の関係も持ってはいけない。
もちろんわかってはいた。
だが皮肉にも、
Wさんにとって最も大切なRという存在が唯一、
彼女に“自分は永く生きられない”という過酷な現実を忘れさせた。


Wさんの話をじっと聞いていたRは、
泣きじゃくるWさんの体をしっかりと抱いた。
か細いWさんを潰してしまいそうな力だった。
そしてRはWさんの鼓膜だけではなく、
体も震わせるような大きな声で言った。

「俺と結婚してほしい。二人の子どもが欲しい」


『二人は時間をかけて何度も話し合ったみたいです。
そして――』

結婚と出産を決意した。
そして気持ちを一つに束ねると、
周囲の大人達を熱心に説得した。
両方の親に強く反対された。
主治医からは堕胎を強く勧められた。
しかし二人の気持ちには、
もはや決して折れることのない芯のようなものが通っていた。
かくして、二人は結婚した。


Wさんのお腹が膨らむスピードに寄り添うように、
体調は加速度的に悪くなっていった。
それに伴って、
難聴もどんどん悪化していった。
Rはもともと声が大きいほうだったが、
それでもかなり大声で、
耳に口を近づけないとコミュニケーションがうまく取れなくなった。
Rは手話の本を肌身離さず、
空いた時間は仕事中でも本を見て勉強した。

Wさんは姓名判断の本を読んで子どもの名前を考えたり、
ベビーベッドやおもちゃや服を揃えたりもした。
そしてお腹をさすりながら、
ささやくような声で歌った。
歌はもちろん、
Rが生まれて初めて書いたオリジナルソングだ。


ある日、珍しくRが仕事から早く帰った。
と、窓辺の陽だまりでWさんが歌っている。
ぽん、ぽん、と優しくお腹にリズムをおくりながら。
歌っているのは、かつて自分が作った歌だ。
それはタイトル通り、
まだ見ぬ子を寝かしつける子守唄だった。

『その頃にはもう、
彼女の耳はほとんど聴こえなくなってたみたいです』

それは顕著に、彼女の歌声に表れていた。
明らかに調子が外れているのだ。
もう自分の声を耳で拾うことができなくなっていた。


Rはそっと近づき、
後ろから優しくWさんを抱きしめた。

「愛してる」

Rは蚊の鳴くような声でささやいた。
Wさんに届くはずもない音量だった。

だがWさんは少しだけRの方を向くと、
笑顔でゆっくりと手話を操った。

“知ってるよ”


それから数週間後。

二人に娘が産まれた。
そして娘の誕生日は、
同時にWさんの命日となった。
<つづく>



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