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赤い小人の話 その1

長く生きていたら、今思い出しても
「あれは夢だったんじゃないだろうか?」
と思うような奇妙な出来事のひとつやふたつはある。

その多くは単なる思い過ごしや勘違いであったりすることが、
特に日々呆然と生きている僕には多いのだが、
そんな僕にも
「これは絶対夢じゃない。こんなことも起こりうるのだ、現実には!」
と思えた出来事をいくつか書いてみようと思う。


僕が一人暮らしをして間もない、二十三歳くらいの時の話。
大阪市内の、当時の収入から考えたらちょっと贅沢な八畳の1Kに住んでいた。
築年数もさほど経っていない、
白い六階建てマンションの最上階の一室が僕の城であり、
心からくつろげる空間だった。

ある休日の午後。
僕はベッドに寝そべってテレビのバラエティ番組を見るともなしに見ていた。
ボーッと見はじめて数時間。うつらうつらとしはじめた時だった。
突然、朱色をした何かが視界の端をちょろりと横切った。

僕はびっくりして飛び起き、その朱色を目で追った。
その朱色の何かは目にも止まらぬスピードで、
壁に立てかけてある大きな姿見の後ろに駆け込んだ。
肉眼ではほとんど確認できないほどの素早さだったが、
ぱっと見た感じで大きさは10センチくらい。
ゴキブリにしてはいくら何でもでかすぎる。
何より、
神社の鳥居みたいな色をしたネズミなんてのも聞いたことがない。

ぞくぞく、と体の中心辺りから身震いがきた。
役に立つとは到底思えなかったがとりあえず殺虫スプレーを片手に持ち、
恐る恐る姿見の後ろを覗いてみた。
覗いてみたが、何もいない。
マンションの六階の高さが、ちょうど50メートルほど先にある高速道路の高さと同じくらいなので、おおかた疾走する車のテールランプか何かが姿見に反射したんだろう、とやや強引に自分を納得させた。

気を取り直し、また寝そべってテレビを見はじめると、
今度は確実にテレビの後ろを朱色が横切った。
さっきの倍ほどのスピードで。
しかもその時は二本の足で走る姿がはっきり見えた。

これはもう、ただごとじゃない。

見たこともないいきものが僕の部屋にいる。
そう考えた途端、もう一度鳥肌がざわざわと立った。
そんなのが、勝手に台所の横に置いてある洗濯機の裏辺りで繁殖でもはじめようものならことである。
駆除、もしくは捕獲してくれる業者に連絡しよう。
……いやいや、それいったい何の業者? どこに電話すればいい?
国? 民間? 研究所?

とりあえずは確実に『いる』ということを確認するのが先だと思い、
クローゼットの裏、本棚の裏、
その手の生き物が生息していそうな冷蔵庫の裏なども徹底的に探した。
しかし、発見できない。
そこで僕は、向こうから出てくるのを待つ作戦に切り替えた。
役に立つとも思えなかったが、
とりあえず殺虫スプレーと棒状に堅く丸めた新聞紙は手元に置き、
臨戦態勢は維持したままで、
さっきテレビを見ていた時とまったく同じ体勢をとった。

それから約一時間が経過した。
最初は気を張っていたが、さらに二十分経ち、三十分経ち、徐々に緊張感が薄れていった。
(やっぱり見間違いだったんだろうか?)


そう思った瞬間だった。
〈つづく〉

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