テント その1
アウトドア大好き人間のS君とは、何度かキャンプをした。
僕も今ではアウトドアでイニシアチブを握ることができるが、
その状況に合わせた色々な動きはS君に教え込まれたことなのだ。
そんなS君は当然のように一人でもキャンプにゆく。
怖くないか、と僕が聞くと、
「一度、山犬の群れにテントを囲まれたことがあって」
と言った。死ぬかと思ったらしい。
それ以外でも、S君はこんな経験をした。
その時も彼は一人でキャンプをしていた。
特に珍しい場所でもない。
大阪市内ではわりと有名なキャンプ場で、
そこから車で二十分ほど山に入った場所だ。
木々が覆いかぶさるように空を隠していて、
幅五メートルくらいの川が真ん中を流れている広場。
テントなら、大きなものが四つほど設置できそうな広さである。
S君はそこをねぐらに決めた。
なぜかその広場は、
それまでに誰かに利用された、という雰囲気がなかった。
「でも使い勝手のよさそうな場所なんだよ」
S君はこんないい場所なら毎年でもこれるな、と思った。
夕方。
テントでうとうとしかけていたS君は、
晩御飯の仕度をするために眠い目をこすった。
鍋を持ってテントを出たS君は、
驚いて思わず鍋を取り落とした。
S君がテントを張っている場所から川を挟んで対面に、
いつの間にかもう一つテントが張られているのだ。
「でも、がさごそとか、かんかんとか、音が全然聞こえなかったからさ」
テントを張られた気配がまったくなかったのだ。
そのテントはS君が使っているようなドーム型のワンタッチのものではなく、
いかにも旧式の、重そうな三角屋根のモデルだった。
挨拶に行こうと思ったが、ちょっと考えてやめた。
「晩飯の仕度をする時に絶対出てくるはずだから。それに」
キャンプに慣れた人間なら、
テントを張った時点ですぐに向こうから挨拶に来るはずだ。
でもまだ出てくる気配がないので、
あまりアウトドアでの常識を知らないビギナーなのかもしれない。
それならば出てきた時にさりげなく挨拶すればいい。
S君はそう思った。
しかし、
「俺が晩飯を食い終わっても、とうとう一回も出てこなかったよ」
対岸のテントは静まり返っていた。
たまに夜風が吹いて、表面が揺れるだけだ。
中で動く気配はまったく感じられない。
(……誰もいなかったりして)
S君は自分の想像に鳥肌をたてた。
そしてすぐに気付いた。
誰かが中にいたとしたら。
それはそれで怖い。
それはそれでもう、ちょっと普通じゃない。
自分は今、すでに異常な状況に追い込まれているのかもしれない。
S君は硬質の恐怖を感じた。
とりあえず焚き火だけは絶やさないように気をつけ、
テントにもぐりこんだ。
日中の疲れからか、
S君はすぐに眠りに落ちた。
<つづく>
