見出し画像

お守り その2

「あれは妖怪ですよ、いわゆる。じゃなきゃ宇宙人」

その“キャリアウーマン風の何か”には、鼻が無かった。
ぎょろりとしたいびつに大きな目のすぐ下には、
耳まで裂けた唇のない口があった。
はっ、はっ、と荒い息を吐くたびに赤黒く細長い舌が飛び出し、
口の周りを何度もべろべろ舐めた。
口の中には米粒のように小さな白い歯がびっしりとはえていた。

「ああ、それ。それにそっくりです。そんな感じの顔でした」

K君は僕の手にある鳥皮の串焼きを指差した。
それはぷるぷるしていて、
薄暗い焼き鳥屋の照明をじっとりと重く反射していた。
僕は何も言わずに串を皿に置いた。


「それがね、変なんです」

「確かに変な話だね」

「いや、そこんとこじゃなくて。気づいていないんですよ」

「何が?」

「周りの人が。たくさん人がいるのに、みんなその女の顔に気づかないんです」

行過ぎる人が女の顔を見ようとしない。
誰もが足早に女の横を行きすぎる。
K君の背中に、冷水を流されたような悪寒が走った。

<ひょっとして。俺にしか見えてない、とか?>

そう思った瞬間。
女がK君の方を向いた。

「気づかれちゃだめだ、絶対にだめだって思いました」

何気ないふうを装い、K君はそっぽを向いた。
進行方向にあるCD屋を見て、
店頭のポスターの文字を意識して読んだ。
だが、K君にはわかった。

「女は僕から目を逸らしませんでした」

はっ、はっ、という息がすぐ近くまで来た。
その距離、一メートル。

<絶対に見ちゃだめだ>

K君は正面から視線を動かさなかった。
そしてすれ違う瞬間。
女は顔をぐっ、とK君に近づけた。

「見てただろ」

がさがさにひび割れた、
男とも女ともつかない声だった。
声を発した時、女の唾液がK君の腕に飛んだ。
服の下には汗が流れていた。

「急に速く歩いたりしたら不自然だから。一生懸命、平静を装って歩きましたよ。完全無視で」

背中に目が付いているんじゃないかというくらい、
K君には背後の様子がわかったという。
女は荒い息を吐きながら、
立ち止まってじっとK君の背中を見ていた。
ともすると笑い出しそうになる膝を叱咤し、
K君はつとめて冷静に歩き続けた。

<そこの角。そこの角まではゆっくり歩こう>

「いつも曲がっているドラッグストアの角までが永遠に感じました」

そして曲がる瞬間、はっきりと女の声が聞こえた。

「……くそったれ」
<つづく>


いいなと思ったら応援しよう!