赤い小人の話 その2
出た。
テレビに目を据えている僕の視界の端、つまりテレビの置いてある低いテーブルから40センチほど右横に、朱色のそいつは二本足で突っ立っていた。
そいつは木製のデッサン用フィギュアのように人間と変わらないすらりとした体型をしていて、頭が小さく、手足が長かった。
だが、僕は目の端でそいつを捕らえただけで、あえて直視しないようにした。気づかないふりをした。
なぜか? 理由はふたつある。
ひとつは、そいつが身じろぎもせず、じっと僕を見つめていたから。
そしてもうひとつは、そいつがあきらかに武器のような20センチほど(人間のスケールにしたら3メートルくらいか)の棒を両手に抱え持っていたからだ。
こいつが何者かは知らない。
だが、絶対にこいつと目を合わせてはいけない。
こいつに、『こちらがその存在に気づいている』ことを気づかれてはいけない。
わずか10センチの生き物を相手に、本能と体中の全神経が緊急事態めいたサイレンを鳴らし、僕の脳に危機を告げていた。
そのまままんじりと数分間。
物理の授業よりも上司の説教よりも長く感じた。
テレビの内容なんてまったく覚えちゃいない。だがなるべく深く呼吸をし、テレビに集中しているふりをした。たった二分ほどのCMがとてつもなく恨めしく感じた。
やがてそいつはさっきよりはいささかゆっくりとした走り方で、クローゼットと壁の隙間に走り込んだ。
思わず体の力を抜きかけたが、まだすぐには安心できず、そのままの姿勢をたっぷり三十分は維持した。おかげで全身の筋肉のこわばりや痺れがそのあとしばらくは消えなかった。着ていたTシャツは汗みずくになっていた。
そいつを見たのは、その日が最初で最後だった。
その後何年かそのマンションに住み、それから転々と居を変えたが、一度もそいつを見ていない。
今でもふと思う。
あいつは一体、本当に、何だったのだろう?
そしてあの時、あいつと目が合っていたら。僕はどうなっていたのだろう?今ここで、この話を書くことが出来ていたのだろうか?
今となっては知るよしもない。
