最後の一葉 その3
今もあの時の光景が目に焼きついて離れない、
とRさんは言う。
「彼の日記は、見覚えのある言葉で埋め尽くされていました」
『○月○日。ボクシングにラッキーパンチはない』
『○月○日。明日がある、
と思うだけでどうしてこんなに嬉しくなるんだろう』
『○月○日。今日もがんばろう。
今よりもう少し自分を愛していたい。信じていたいんだ』
彼の日記に書かれていた言葉は、
Rさんパソコンに届いたメールとまったく同じものだった。
書かれた日付にも覚えがある。
節目節目の日をRさんが覚えていたのだ。
それは全部で三百通あまりあった。
「彼が日記として書いていたのはきっと、
自分を励ますための言葉だったんだと思います。
病気で負けそうになる気持ちを奮い立たせるための。
そこにはポジティブな言葉しかありませんでしたから。
……それを、保存用に自宅のサーバーに送信しようとして」
間違ってRさんのパソコンに届いていたのだろう、
と彼女は言った。
見るとサーバーのアドレスはRさんのそれと一字違いだった。
“er”と“ar”の違い。
「たったそれだけのミスで、
彼の声はわたしのもとに届いていたんです」
そして、その日記の最後の言葉。
彼が昏睡に入る前日の夜に書かれたものだ。
『○月○日。人は泣きながら生まれ、
周りの人達は笑っていたはずだ。
だから死ぬ時は微笑みを浮かべ、周りの人は泣いている。
そんな人間になりたい』
Rさんは傍らの少年を見た。
目を閉じた少年の顔は新月のように白く、ただ美しかった。
「まだ十四歳の少年ですよ?
友達はみんなゲームしたり、
友達とサッカーしたり、恋愛したり。
いじめたりいじめられたり、
バラエティ番組観て爆笑したりしてるのに。
そんな人間になりたい、なんて思えるはずないのに。
絶対に、
そんなにポジティブでなんかいられるはずないのに。
きっと、絶対、そんなに強くいれるわけないはずなのに……
って思ったら」
Rさんの胸は、
わけのわからない熱いものでいっぱいになった。
哀しいわけではない。
嬉しい、とも少し違う。
はじめての気持ちだった。
その気持ちの正体がわからないまま、
Rさんは涙を流した。
少年は今も昏睡状態にある。
しかしRさんは、
あくまで彼の書いていたものは“日記”なのだ、と言う。
「日記である以上、いつかそれを読み返す日が来る。
彼はそう信じて書いていたはずです」
もちろんわたしもね、とRさんは言った。
そして彼女自身が書きはじめた日記についても話してくれた。
「いつかあの子に見せてやろうって。
彼の言葉に励まされたわたしは、
きっとまた他の誰かを励ますことができるはずだって思って」
その日記は奇跡的に続いている。
飽きっぽいRさんにしてはすごく珍しいことなのだそうだ。
