一つの標的をめぐる二つの核酸モダリティの競争|DAILY UPDATE vol.35
7月22日のニューヨーク株式市場は主要3指数がそろって小幅安となりました。S&P500種指数は前日比0.14%安の7,498.96、NASDAQ総合指数は同0.57%安の25,690.90、NYダウは同0.01%安(6.06ドル安)の52,218.58で取引を終えています。下落の主因は原油高です。ブレント原油先物は約3.4%高の1バレル94.07ドル、WTI原油先物も約3%高の86.83ドルまで上昇し、インフレ再燃への警戒感が投資家心理を圧迫しました。CME FedWatchによれば、7月28〜29日開催のFOMCでの利上げ確率は約24%、9月までに少なくとも0.25%の利上げが行われる確率は約69%とされており、金利先高観がじわりと意識される展開です。ヘルスケアセクターは0.51%安、バイオテックセクターは1.55%安と、いずれも主要指数をやや下回る動きとなり、金利・インフレ不透明感を前にリスク選好姿勢がやや後退した1日だったと言えそうです。
こうしたセクター全体のモメンタムに関わらず、固有の材料によって株価が動いたバイオテック企業1社(Arrowhead)について考察します。

Arrowhead Pharmaceuticals, Inc.
Ticker (Market): ARWR (NASDAQ)
Corporate Stage: Emerging Commercial Stage
Annual Revenue: $829.4M (FY2025)
Headquarters: United States, California, Pasadena
Core Therapeutic Areas: Cardiometabolic, Pulmonary, Liver, Neuromuscular
Key Products: REDEMPLO (plozasiran, ARO-APOC3), Zodasiran (ARO-ANG3)
Key Modality: RNA Interference (RNAi)
【臨床データ】Phase 3 SHASTA-3・SHASTA-4がトリグリセリド低下と膵炎抑制で主要評価項目を達成(新規材料)
Arrowheadは7月22日、取引開始前に、重症高トリグリセリド血症(severe hypertriglyceridemia、sHTG)患者を対象としたplozasiran(ARO-APOC3)のグローバルPhase 3試験、SHASTA-3およびSHASTA-4のトップライン結果を発表しました。この開示を受け、ARWR株は同日のセッションで19.0%上昇し、時価総額ベース・騰落率ベースの両ランキングでTop5入りしています。
sHTGは空腹時血中トリグリセリド値が500mg/dL以上となる状態を指し、急性膵炎の主要な原因の一つです。人口に占める有病率は報告によって差があるものの概ね1%前後とされる一方、生活習慣の改善や既存薬でも十分にコントロールできない患者が一定数存在し、治療選択肢は限られてきました。plozasiranはN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)を結合させたsiRNA(低分子干渉RNA)で、肝細胞に選択的に取り込まれた後、RNA干渉機構を介してAPOC3(アポリポ蛋白C-III)のmRNAを分解します。APOC3はリポ蛋白リパーゼ(LPL)の働きを阻害し、トリグリセリドに富むリポ蛋白の血中からのクリアランスを抑制する因子であり、plozasiranによるAPOC3発現抑制はこの抑制を解除することで血中トリグリセリド値を低下させると考えられています。
両試験は合計約750例の患者を、25mgのplozasiranまたはプラセボに無作為割付し、3ヶ月に1回、計4回投与するデザインで実施されました。主要評価項目はベースラインから12ヶ月時点までの空腹時血中トリグリセリド値のプラセボ対比変化率で、SHASTA-3・SHASTA-4のいずれもこれを達成しています。ベースラインからのトリグリセリド中央値低下率はSHASTA-3で79%、SHASTA-4で81%でした。副次評価項目もすべて達成しており、その中にはプラセボ対比で統計学的に有意な急性膵炎発生率の低下も含まれています。
sHTG領域では、Ionisのolezarsen(製品名Tryngolza)が既にFDA承認を取得し、唯一の承認薬として先行しています。同薬のCORE試験・CORE2試験では、プラセボ対比のトリグリセリド低下率が80mg群でそれぞれ72%・55%、50mg群で63%・49%、急性膵炎イベントの低下率は85%と報告されています。plozasiranの79〜81%という数値はベースラインからの変化率であり、olezarsenの数値はプラセボ対比の変化率であるため、算出方法が異なる点には注意が必要です。一般にプラセボ対比の数値はプラセボ群自体の変動を差し引いた保守的な指標であり、ベースライン対比の数値はそれを差し引かない分、より大きく出やすい傾向があります。この点を踏まえると、両者の数値差は見た目ほど大きくない可能性があります。対象患者集団や試験デザインの細部も完全には一致しておらず、単純な優劣比較はできません。むしろ、plozasiranの79〜81%という数値の高さは、算出方法がより緩やかなベースライン対比であることに一定程度起因しているとみられ、既存承認薬を明確に上回っていると断定するのは難しいものの、絶対水準としては既存治療に見劣りしない結果と言えそうです。
【薬事関連】年内のsNDA提出計画とESC学会での詳細データ発表を予告(新規材料)
plozasiranは2025年11月18日、REDEMPLOとして家族性キロミクロン血症症候群(Familial Chylomicronemia Syndrome、FCS)を適応にFDA承認を取得済みです。Arrowheadは、SHASTA-3・SHASTA-4に加え、既報のMUIR-3試験のデータも活用し、より対象患者数の多いsHTGへと適応を拡大すべく、複数の地域で製造販売承認を申請する方針を示しました。米国については、2026年内にsupplemental New Drug Application(sNDA)をFDAに提出する計画です。
試験の詳細データ(副次評価項目の内訳や安全性プロファイルなど)は、8月30日にドイツ・ミュンヘンで開催される欧州心臓病学会(European Society of Cardiology、ESC)年次総会でHot Line Late Breakerとして発表される予定で、会社側は8月31日に説明会を開催するとしています。現時点で市場が織り込んでいるのはトップラインの要約情報にとどまるため、ESCでの詳細開示内容次第では、株価が改めて反応する可能性もありそうです。また、今回のデータにより、siRNA(RNA干渉)であるplozasiranは、同じAPOC3を標的としながらASO(アンチセンスオリゴヌクレオチド)という異なるモダリティに立脚するolezarsenに対する直接的な競合として、sHTG領域での市場争いに本格的に参入する形となります。
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