フィリピン移住3日目。妻に突然起きた緊急事態
はじめに
フィリピンへ家族で移住して、まだ3日目のことでした。
生活にも、病院にも、周りの環境にもまだ慣れていない中で、妻に突然の緊急事態が起きました。
フィリピンでの新しい生活が始まったばかりで、本来であればこれから少しずつ生活に慣れていこうとしていた時期でした。そんな中で、まさか家族の命に関わるかもしれない出来事が起こるとは、まったく想像していませんでした。
今回の記事では、その時に何が起き、僕たちがどう行動したのかを記録として残したいと思います。
移住直後の状況
フィリピン・ダバオに家族で移住してきて3日目。
まだ周りに何があるのかもよく分からず、どこにスーパーがあるのか、どこの病院が大きいのか、緊急時にはどこへ行けばいいのかも、正直ほとんど把握できていない状態でした。
ただ、フィリピンに着いたばかりだったこともあり、まずは新しい生活を楽しんでいこうと思っていました。
日本とは違う環境で、分からないことは多いものの、これから少しずつ慣れていけばいい。
そのくらいの気持ちで過ごしていました。
しかし、この時点で僕たちは、緊急時にどこの病院へ行くべきかをまだ確認できていませんでした。
今振り返ると、そこが一番の反省点だったと思います。
妻に異変が起きた瞬間
その日は、大きなショッピングモールへ買い物に行こうという話になりました。
モールに着いた後、まずはご飯を食べようと、モール内のフードコートで食事を始めました。
すると食事中、妻が食べ物を喉に詰まらせ、むせ始めました。
最初は、ただ少しむせているだけだと思いました。
背中を軽く叩けば落ち着くだろうと思い、妻の背中を叩いて様子を見ていました。
しかし、すぐに妻の表情が変わっていきました。
ただむせているだけではない。
本当に喉に食べ物が詰まってしまっている。
このままだと窒息してしまうかもしれない。
そう気づいた時、一瞬頭が真っ白になりました。
それと同時に、「自分が何とかしなければいけない」と強く思いました。
何が正しい対応なのか分からなくても、とにかく今すぐ動かなければいけない。
その気持ちだけで、必死に妻の背中を叩き、助けを求めました。
病院へ向かうまで
軽く背中を叩いても状況は変わりませんでした。
これはまずいと思い、背中を強く叩いたり、背中側からみぞおち付近に手を回して引き上げる、いわゆるハイムリック法も試しました。
しかし、それでも何も変わりませんでした。
周りにいた警備員に助けを求めると、すぐにメディカル関係の人が近くにいないか探してくれました。周囲の人たちも集まり、同じようにハイムリック法を試してくれました。
それでも妻の状態は改善しませんでした。
顔色はだんだん悪くなり、青紫色に変わっていきました。
その姿を見て、本当にこのまま死んでしまうのではないかという考えが頭をよぎりました。
何が起きているのか完全には分かっていない娘も、ただならぬ雰囲気を感じ取っていました。
このままではまずい。
そう思い、妻と娘を連れて、すぐに近くの病院へ向かうことにしました。
救急車を呼ぶべきか迷いましたが、警備員からは「救急車を待つより、タクシーやGrabで向かった方が早い」とアドバイスを受けました。
近くにいたタクシーに乗り込み、急いで病院へ向かいました。
最初の病院で分かったこと
病院に着くと、すぐに緊急事態であることを看護師に伝えました。
診てもらうことはできましたが、その病院には喉を専門的に診られる医師がいないとのことでした。そのため、より設備の整った病院へ移る必要があると説明されました。
その間、妻の酸素濃度や心拍を測ってもらい、数値としては問題ないと伝えられました。
しかし、目の前の妻の状態を見る限り、安心できるような状況ではありませんでした。
顔色は悪く、唾液を飲み込むことすらできず、血の混じった唾液を吐き続けていました。
時間だけが過ぎていきました。
最初の病院に着いてから1時間ほど経過した後、ようやく、より設備の整った病院へ向かうことになりました。
搬送先の病院での手術
配車アプリのGrabを使い、すぐに次の病院へ向かいました。
到着後、受付で緊急事態であることを伝え、すぐに診てもらうことになりました。
その間、僕は病院の手続きを進めていました。
ただ、初めての海外での緊急対応。
分からないことも多く、すべてを自分だけで円滑に進めるのは難しいと感じました。
そこで、妻の家族に電話をして助けを求めました。
家族はすぐに病院まで駆けつけてくれました。
この時ほど、近くに頼れる家族がいることのありがたさを感じたことはありません。
妻はまずレントゲンを撮ることになりました。
検査の結果、大きな食べ物の塊が喉に詰まっていることが確認されました。
そして、内視鏡を使って取り除く手術を行うことになりました。
点滴を打ち、手術まで待つことになりました。
しかし、すぐに手術が始まるわけではありませんでした。病院に着いてから、長い時間が過ぎていきました。
妻は苦しそうな状態のまま、僕はただ待つことしかできませんでした。
そして搬送先の病院に着いてから約8時間後、ようやく手術が始まりました。
手術は約2〜3時間かかりました。
無事に喉に詰まっていた食べ物を取り除いてもらうことができ、妻は助かりました。
その時の自分の気持ち
3歳の娘は、何が起きているのか完全には分かっていない様子でした。
それでも、ママが大変な状態になっていることは理解していて、泣いていました。
妻がこのまま死んでしまったら、自分は小さい娘とどうやって生きていけばいいのか。
そんな考えも頭をよぎりました。
でも、その時は立ち止まっている余裕はありませんでした。
最悪の結果にしないために、自分にできることを必死でやるしかありませんでした。
海外に来たばかりで、土地勘もない。
病院のことも分からない。
でも、家族を守らなければいけない。
この時、自分がどれだけ無力なのかを感じると同時に、父親として、夫として、何としてでも動かなければいけないという責任も強く感じました。
手術が成功し、妻が助かったと分かった時、ようやく体の力が抜けました。
本当に助かってよかった。
そう思った瞬間、涙がこぼれました。
幸い、妻は後遺症もなく、今では普通に生活できています。
この経験で学んだこと
今回の出来事で強く感じたのは、海外移住では、住む場所や仕事だけでなく、緊急時にどこへ行くのかを事前に調べておくことが本当に大切だということです。
移住前に、どこの病院が救急対応しているのか。
どこの病院なら専門の医師がいるのか。
救急車を呼ぶべきなのか、それともタクシーやGrabの方が早いのか。
こうしたことを、もっと事前に確認しておくべきでした。
移住直後で土地勘がなかったため、どこの病院が大きいのか、どこへ行けば適切な処置を受けられるのかが分かっていませんでした。
もし事前に調べておけば、専門の医師に診てもらえるまでの時間を短縮できたかもしれません。
家族に何かあった時、自分がどう動くのか。
その準備も含めて、海外で暮らすということなのだと感じました。
終わりに
幸い、妻は無事でした。
しかしこの出来事を通して、海外で家族と暮らすということの責任の重さを強く感じました。
移住してまだ3日目。
本来なら、新しい生活にわくわくしていた時期でした。
それでも、現実には予想もしない出来事が突然起こります。
海外移住では、住む場所や仕事だけでなく、家族に何かあった時にどこへ行き、どう動くのか。
そこまで準備しておくことの大切さを、この経験を通して強く感じました。
この体験が、これからフィリピン移住や海外生活を考えている方にとって、一つの参考になれば嬉しく思います。
