自作曲The end of sail Gt. について|音楽理論とは結局のところ何なのか
浮遊感を出すためトニック(I)を避け、サブドミナント(IV)からスタート。
……みたいな感じで、たまには作曲専攻らしく音楽理論について書いてみようと思います。
ちなみにこの記事でいう音楽理論とは、調性音楽(通常の音楽は大体これ。ハ長調とかAマイナーキーとかそういうやつ)の範囲内のことを指しています。
音楽理論とは何なのか
それは、先人たちが遺してくれた知の集大成である。
……というのが模範解答的なものでしょうか。
「音楽理論とは何か」
Web検索をしてみるとすでに書き尽くされているし、めっちゃ色々なことが言われています。
で、それぞれ人によって本当に色々な立場があるのだなぁと。
僕が現状思っているのは「便利な道具」という感じです。
複数の考え方があるというのはつまり、音楽理論に対して向き合う角度の問題であると思っていて。
理論そのものを単体で対象とし研究を深めていくこともできる(それは純粋数学のように、そのまま直接社会に実装できないけどしかし楽しい人にとっては大切な分野)し、良い曲を作るためのツールとして使うこともできる。
理論自体を追求したいならそうすればいいけど、良い曲を作りたいのであればあまり神経質にならず「これは使えそうだ!」と感じたものを美味しいとこどりするのがいいんではないかなぁってことです。
音大とかマウント取りたいだけの人とかイキってる人とかにありがちなのは、さも理論を絶対普遍のものであるかのように語る人。
例えばなんでしょう。
ベートーヴェンなんかはとてもすごい。
ピアノソナタ月光の第3楽章は有名です。そして僕はこの曲が好き。
これは一見感情的な曲に思えるけど、実はめちゃくちゃガチガチな伝統和声法に基づいたゴリゴリシステマティックな音の処理がされています。
(↓無料(権利が切れているので)の楽譜)
理論作曲として高度に完成されている。
がしかし、それはあくまで「当時のドイツとかオーストリアらへんで大切とされていた価値観」に過ぎないのであって、それが現代でも絶対適用されなければならない理由なんかどこにもないわけで。
音楽というのは芸術であり、芸術というのは個々人の価値観の現れです。
そしてそれは他者に危害を加えることがない限り批判される謂れはありません。
「民族音楽がめっちゃ好きだ!」という人に、「いや、それ西洋の音楽理論で厳密に分析できないから音楽じゃないよ」みたいなことを言ったら白けるだけでしょう。
他の言い方をすると、何だろな。
ちょっと違うかもしれないけど、ある同一作品の小説版、漫画版、アニメ版がそれぞれ全然異なる内容であった場合において、互いを攻撃することに全く意味がないことと同じ、みたいな感じでしょうか。
音楽というめちゃくちゃ巨大なフィールドにおいて、色々な趣味を持った人が同じ一つのもの(音楽理論)についてあらゆる角度から好き勝手語っているからゴタゴタと面倒なことが起こったりするのではないかなぁと思っています。
いや、一つのものではなくて、各人にとって本当に多種多様な「音楽理論」という何かが存在しているのかもしれません。
それは「普通」という言葉はまるで普遍性を持っておらず、どこまでも個人主義的な振る舞いばかりを大いに持っているように。
それぞれの「普通/音楽理論」を手に持って他者の価値観に介入するから、おかしなことになる。
良い曲を作るため、いかに無駄なプライドを捨てるのか
ということをここからは話します。
というか主に僕の自分語り、過去の振り返りなのですが……
「二次関数の解の公式を自分で発明したぞ! 俺すごい!!」みたいなことをしていたかもしれないなぁということです。
いや、そんな数学の公式を考えられるほどすごいことは何もしてないかもしれん。
つまりどういうことかというと、すでにあるものを学んだ方が圧倒的に早いのに、意味のない無駄なプライドでめちゃくちゃ遠回りをしていたということです。
既存の完成されているものを使えるのがいかにありがたいことか……
これは僕特有の性格かもしれませんが、やるべきことややった方がいいことがあったとしても自分で納得しない限り誰がなんと言おうと絶対やらないタイプでして。
まぁ、なんだ、面倒な人間なんだろうなぁってことですかね。
で。
「良い曲を作りたい」という目標があるのであれば、音楽理論を学んで損することはないし確実に役立つよということです。
昔の自分に言いたかった。本当に。
がしかし最近気がついたので、ここからやっていくしかない。
「音楽は魂だ! 心だ! 感情だ! そんなものに理論とかいうゴミクソカスを持ち出すんじゃねぇ!!!!」って思ってました。マジで。
なんなら自分は天才だと思っていた頃が数年前まではありました。「既存のものを使わないでピアノ弾くだけで曲を作れる俺すげぇ!」と。
めちゃくちゃ恥ずかしい。穴があったら入りたい。
……で、そういった考えは結局何も生みませんでした。
生まないこともそうだし、振り返ってみれば既存の音楽理論を自分でなぞっているだけ(それも雑に)だった。それで発明した気になっていた。
全く意味がありません。
良い曲を作るということには全然役立ってくれない反骨精神(めいたもの)という名の無。
まぁだからなんでしょう。
僕みたいな無駄なことをしたくなければ、音楽理論通りにちゃんと作ったほうが確実に良い曲を作ることができるということです。
そしてそれは別に大層なことをする必要はなく、枠組みを作る程度でもいい感じになるもの。
そのことを自作曲で比較していきます。
The end of sailのパターン
元のこれ↓
は、調性について何も考えていませんでした。
……というかそもそも何も知らなかった。
ただなんとなくMIDIキーボードを弾いて、わ〜ってやってたらできただけ。
音源はAvenger2というお高いソフトウェアシンセを買ったのでなんかそれっぽくなっていると思います。音も色々と沢山重ねてる。
しかしいくら音色(おんしょく)そのものが良くても、枠組みが整っていないとよく分からないものになってしまう。
単語をいくら覚えたところで文法を知らなければ意味の通った文を書けないことと全く同じと言ってもいいと思う。
KugelschreiberとかgegangenとかExistenzとかなんかかっこいいけど、ただ並べても何の意味もない。ボールペン、行った、存在すること……
アレンジ版のこれ↓
は、明確に意図を持って音を配置しています。

ギターを自分で弾いた以外は全てLogic Pro内蔵音源です。外部プラグイン等は未使用。
最初は記事冒頭の通り、サブドミナントからスタート。
キーはGメジャー、転調してA♭メジャー。両者とも以下の同じコードを使っています。
ディグリーだと
IVmaj7→V→IIIm7→VIm
IIm7→I/III→IVmaj7→#IVdim7
VIm→IV→I→V VIm→IV→I→V7/VI IVmaj7→V→♭VImaj7→♭VII
という構成。
セクション3.の初め(VIm→IV→I→V)は、GメジャーキーであればEm→C→G→Dというよくありがちな進行。
メロディは太いシンセにし、また対旋律(オブリガート)は置かないことで儚さと力強さを表現しています。
手軽な美しさを回避しているとも言えるかもしれない。
……とまぁざっくりこんな感じです。
需要があるかわからないので詳細は書きません。
既存の枠組みに乗ると手軽にいい感じのものが作れるようになるのだなぁということを体験いただけたらと思っておりまする。
最後に
人は基本的に調性音楽を好む習性なので、その枠組みに収まる範囲で作ったほうが他者に届きやすい音楽を作ることができるよということです。
コンピュータプログラミングと一緒で、作りたいものを作りながらその都度調べて覚えていけばいい。
コーディングスキルを習得することが目的化してはいけない。
僕はめっちゃ遠回りをしたおかげで、作曲において理論がいかにありがたいのかということを痛いほど身に沁みて理解しました。
何も知らない状態で一応音楽を作っていた状態、集合知に乗ることの圧倒的な魅力、その両方を経験することができた。


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(´・ω・)つ旦