見出し画像

「こんな母親で子どもが可哀想」

そうわたしに言ったのは実の妹です。

その言葉を言われたその日から、妹とは会っていません。
もう会うつもりもないんです。

2歳下の妹。
わたしとは正反対。
可愛げがあり、愛嬌があり、世渡り上手。
両親は間違いなく妹の方が可愛かったでしょう。
そうわたしが感じるほど、親の態度はわかりやすかったのです。

親戚が集まる法事なんかは地獄のようでした。
せっせとお手伝いをしても
「お姉ちゃんなのにね、お手伝い全然しないね。妹の方がやってる」
と言われるのですから。
妹は表立って上手に「おもてなし」ができるんです。
親戚たちに愛嬌よく声かけたりなんかして。
わたしは黙々と裏で皿洗いや片付けです。
やってないように見えるんです。

お手伝いも勉強もわたしの方ができたんですが
できてないんですよ。

わたしはどれだけやっても、できていても
できていない。
誰からも認められなかった。
なんでもできて「当たり前」。

気性が荒く、喧嘩をすると手が出る妹。
わたしより背も高くガッシリ体型の妹。
わたしは勝てるわけがありません。
何度暴力されたことか。
本当に激しいのです。
妹に暴力されたと人に話すと大抵笑われますが、
わたしにとっては本当に恐怖な経験でした。


わたしの方が先に結婚、出産しました。
子どもを連れて実家に帰ることがありましたが、
そこでも地獄です。
仕事で疲れてイライラした妹が帰ってくるからです。
帰ってくるなり大きな物音を立てます。
ドキドキしてしんどかったです。
自分のものは定位置に必ずないとキレます。
親もビクビクしてるんです。
「怒られる…」って。

仕事で練習台になってくれとお願いされ(当時美容師だった妹)
シャンプーの練習に何度か行きました。
そこでも地獄です。
水が背中に入ったことがありました。
「あんたのせいで!」と怒るんです。
水が入ったせいで合格がもらえなかったと。
わたしが頭を上げるのが下手くそなんですって。
子どもを親に預け、美容室が閉店した後の夜に時間を作って行ってこれです。泣きそうでした。

2人目を妊娠中、子どもを連れて実家に泊まりに行った時、
上の子を寝かしつけていたらいきなり部屋に入ってきて
「今から駅まで送って」と。
運転ができない(しない)妹、夜遅いし行く手段がない、
雨も降っているから、とのこと。
大きなお腹で、夜中にそんな無茶なと思いましたが、妹が言うことは絶対。
車が運転できないのもわたしのせいなんだそう。
過去に妹が運転の練習をした時に、横に乗っていたわたしが危ないと言ったからだと。
そのせいで運転ができなくなったと。
運転ができない妹はことあるごとにわたしを足に使いました。
「○○に連れて行って」と言った具合に。

2人目の妊娠中、切迫早産で長期入院しました。
やっと退院できて、でもまだ生まれては行けない時期で安静は絶対だったのです。
実家のソファーで横になっていました。
そんなわたしを見て妹は

「妊婦だからってダラダラするな」


母は
「あの子は子どもを育てたことがないからわからない。産んだらわかるわ」と。
そういう問題か?
母のその言葉も悲しかった。


そんな妹、初めての妊娠で切迫早産で入院してました。
退院してからは実家で過ごしていましたよ。

あの時わたしに放った言葉は忘れているようです。
わたしは一生忘れません。

今回母と妹が喧嘩をして間に挟まれたわたしが
妹に母の話をしたことがきっかけで妹の逆鱗に触れ、
ことが起こりました。
過去の話を散々持ち出され、言葉で責められ、
体調を崩して寝込んでしまいました。
なんて弱いわたし…と思いました。
一番悲しかった言葉が
「こんな母親で子どもがかわいそう」
です。

もうダメだと思いました。
わたしの中で何かが壊れました。

今まで妹のどんなわがままも、酷い言葉も許してきました。
争いごとを避けたかった。
それ以前に何言っても無駄だから。
親も味方になってくれなかった。

「わたしはお姉ちゃんだから」。


争いごとも嫌だから。
でももうやめます。
わたしはわたしの心を守っていい。
攻撃されなくていい。
お姉ちゃんでいなくていい。
わたしは理不尽に暴力されたり攻撃されてもいいような存在ではない。

妹から謝罪があるまでわたしから連絡することはありません。

許すことはできないけど恨んではいません。
元気に過ごしてくれていたらそれでいいです。



いいなと思ったら応援しよう!