毒のない小説は
毒のない小説には生命力がない。暗部から目を背けているから。
ここでいう小説の「毒」とは、人間の愚かさ、弱さ、醜さ、社会の不条理、理不尽などである。
このような毒が一滴も入っていない作品は、小説の名にあたいしないと思っている。
誰でも小説を読んで、つまらない思いをするよりは「楽しみたい」と願う。だが、「楽しい」と「楽しむ」とは、響きは似ているが異なるものだ。
小説に求めるのは、ギャグ漫画的な「楽しい」ではない。優れた小説を読むときには、「楽しい」思いよりもむしろ、「苦しい」思いをする。別に、小説には「絶対にこうあるべき!」というルールがあるわけではないから、徹頭徹尾、砂糖菓子のように「甘い」だけの作品があってもいいかもしれないが、「苦さ」「辛さ」「酸っぱさ」が適度にブレンドされているほうが、私には読み応えのある作品に思える。
一冊の本を読むとき、その作品に接する年齢やそのときに気分にもよるが、ずっと「甘い」と飽きてくる。そうかと言って、ずっと憎しみばかり延々と続くと読んでいられないが。
小説は、単なる暇潰しや楽しみで読む人もいるが、必ずしもいい気分にさせてくれるものではない。もしかしたら、心にグサッとナイフで刺されて、一生消えない傷跡を残すかもしれない。だが、実際に刺されるわけではないから、小説を読んで死ぬことはない。
けれども、優れた小説には必ず毒が含まれていると思ったほうがいい。読んでも何も残らないなら、その作品は駄作であるか、あなたの心が作品に追いついておらず、表面的な理解しかできていないかのいずれかだろう。
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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします