最強の小説 (第1話)
「最強の小説」あらすじ
作家・山根あきらは、創作の壁にぶつかり、AIライティングツール「ペンシル・ジェネレーター」に頼るようになった。
ペンシル・シェネレーターは驚くほど鮮やかな物語を生成する。しかし、同時に奇妙な予言めいた文章も同時に生み出すようになった。
あきらは、自身の内面を映し出すような物語と向き合いながら、女性の視点を持つ「もう一人の自分」(山根亜希子)との合作に挑むことを決意する。
作家としての葛藤と亜希子との絆のはざまで、「最強の小説」を目指す彼の魂の旅が始まった。
AIは作家としての本質をあきらに突きつけるが、彼が選んだ道とは?

最強の小説
(1)
AIの書いた小説など、小説の名にあたいしない。私はずっとそう思っていた。
しかし、芥川賞をとる作家でさえ、作品の一部にAIを使うことがあるという話を聞いて、心が動いた。実際に手に取って作品を読んでみたが、作家本人が書いたところとAIが書いた部分との違いは、私には判別できなかった。
かつて、作家は、原稿用紙にペン1つで立ち向かい、書き損じたら、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に投げ込んだ。ワープロが出始めた頃には、あくまで手書きに拘る作家もいるにはいたが、もはや絶滅危惧種である。ほとんどの作家は、パソコンに向かって書いている。
ここ数年のAIテクノロジーの進化は凄まじい。指数関数的という言い方でも足りない。超々指数関数的だ。そんなご時世の中で、作家1人の頭脳だけで立ち向かうのは、ドンキホーテの謗りをまぬかれない。
いまだに私の頭には、「AIはドーピングだ!」という考え方が残っている。スポーツにおけるドーピングの場合、選手生命が終わったあとに、後遺症で苦しんだり、死期を早めることがあるかもしれない。しかし、作家がAIを使ったところで、死期を早めることはなかろう。ドーピングとは違う。
考えてみれば、AIなんて「相談相手」のような存在ではないのか?
「最強の作品」と言えば、聖書を想起するが、聖書は1人の筆者によって書かれたものではない。合作だ。ドラえもんだって、合作ではないか!
だったら、一介の作家が作品を作るときに、AIを使ってはならないという理由はどこにもない。
AIを使えば、「最強の小説」を作れる可能性があるならば、むしろ積極的にAIを活用すべきではないだろうか?
(2)
そう思った私は、さっそく自宅の書斎にこもり、パソコンを開いた。画面の向こうには、最新のAIライティングツールが待っている。
名前は「ペンシル・ジェネレーター」。
なんとも安直な名前だが、ネット上の作家フォーラムでは「これなしでは書けない」と絶賛されていた。試しに無料版をダウンロードし、使い方をざっと読んだ。操作は簡単だ。テーマやキーワードを入力し、文章のトーンや長さを指定すれば、AIが即座に文章を生成してくれるらしい。
「よし、試してみるか」
私はキーボードに手を置いた。だが、指が動かない。
何を書けばいい? 「最強の小説」とは何か?
壮大なファンタジーか、緻密なミステリーか、それとも人間の心の奥底を抉る文芸作品か?
頭の中ではアイデアが渦巻いているのに、具体的な一歩が踏み出せない。まるで、真っ白な原稿用紙を前にした昔の作家になったかのような気分だ。
「AIよ、助けてくれ」と半ば冗談で呟きながら、私はペンシル・ジェネレーターにこう入力した。
テーマ:最強の小説
トーン:内省的でやや皮肉
長さ:500字程度
エンターキーを押すと、画面が一瞬光り、テキストが流れ込んできた。
生成されたテキスト
彼の名は「山根あきら」。38歳。かつて文壇の新星と呼ばれた男は、今、路地裏の古びたアパートで燻っている。原稿の締め切りは昨日だったが、彼のノートパソコンには白い画面だけが広がっている。彼は思う。
「小説とは、魂を削って紡ぐものだ」。
だが、魂はとうにすり減り、残っているのは空虚な自尊心だけだ。ある夜、ふとしたきっかけで彼はAIライティングツールを知る。「これで傑作が書ける」と囁く声が、ネットの闇から響く。あきらはためらう。AIは悪魔か、救世主か? 彼はキーボードに手を伸ばす。その指先は、震えていた。
私は目を細めて画面を見つめた。悪くない。いや、むしろ驚くほど良い。文章は滑らかで、主人公の内面がしっかりと描かれている。だが、どこか引っかかる。この「山根あきら」は、私自身を投影したものではないか? AIは私の入力したわずかな情報から、どうやってここまで私の心を映し出したんだ?
「ふん、偶然だろ」
私はそう呟いて、続きを生成させるボタンを押した。だが、今度は少し条件を変えた。
追加指示:山根あきらがAIを使って小説を書き始めるが、予期せぬ出来事が起こる
画面が再び光り、新しいテキストが現れた。
生成されたテキスト
あきらはAIに最初の文章を生成させた。出てきたのは、驚くほど鮮烈な冒頭だった。だが、読み進めるうち、彼は違和感に気づく。AIが書いた物語の主人公は、彼自身と瓜二つだ。名前も、境遇も、思考まで。まるでAIが彼の心を覗き見ているかのようだった。不気味さに背筋が冷えるが、あきらは書き進める。締め切りは待ってくれない。
だが、ある夜、AIが生成した文章に奇妙な一文が混じっていた。
「山根あきらは、夜の11時47分に死ぬ」。
時計を見ると、11時45分だった。
私は思わず背を反らせ、椅子から立ち上がった。心臓がドクドクと脈打つ。時計を確認すると、確かに11時45分。冗談だろ? ただの偶然だ。AIがそんな予言めいたことを書くはずがない。だが、頭の片隅で、さっきの「超々指数関数的」な進化という言葉がよぎる。AIは、どこまで私のことを知っているんだ?
試しに、私はAIに直接聞いてみることにした。
入力:なぜ山根あきらが死ぬと書いた?
返答は即座にきた。
AI:それは物語の展開を劇的にするためです。フィクションとして、緊張感を高める効果を狙いました。ご安心ください、山根あきらはあなたではありません。
私は安堵の息をついた。だが、なぜか心の奥に小さな棘が刺さったままだった。このAIは、本当にただのツールなのか? それとも、私の知らない何かを握っているのか?
その夜、私は再びパソコンに向かい、物語を続ける決意をした。「山根あきら」の運命を、山根あきらの手で書き換えてやる。AIを使いながら、だ。
(3)
私は画面に表示されたAIの返答を読み返し、首を振った。
「フィクションだ、ただのフィクションだ!」
私は自分に言い聞かせた。時計は11時46分を過ぎ、11時47分を指していた。AIが書いた「山根あきらは、夜の11時47分に死ぬ」という一文が、頭の中で反響する。冗談だ。こんな予言が本当になるはずがない。
だが、その瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。
「うっ……!」
私は胸を押さえ、息が詰まるような感覚に襲われた。目の前がぼやけ、書斎の薄暗い明かりが歪む。キーボードに手を伸ばそうとしたが、力が入らない。椅子から滑り落ち、床に崩れ落ちた。意識が遠のく中、AIの生成したテキストが頭をよぎる。
「山根あきらは、夜の11時47分に死ぬ」。まさか、本当に?
どれくらい時間が経ったのかわからない。
目を開けると、私は書斎の床に倒れていた。胸の痛みはまだ鈍く残っているが、さっきのような鋭さはない。時計を見ると、12時03分。16分が過ぎていた。私は生きている。
「何だったんだ、いったい……」
よろめきながら椅子に座り直し、画面を見た。ペンシル・ジェネレーターのウィンドウがまだ開いている。そこには、私が入力していない新たなテキストが表示されていた。
生成されたテキスト
山根あきらは一命を取り留めた。心筋梗塞だったようだ。彼は床に倒れ、意識を失ったが、運良く心臓は再び動き出した。薄暗い書斎で、あきらは息を整えながら考える。
「AIは知っていたのか? それとも、ただの偶然か?」
彼の指は再びキーボードに触れる。物語はまだ終わっていない。AIの助けを借りて、あきらは「最強の小説」を完成させる決意を新たにする。だが、その先には、AIのみが知る「真実」が待っているのだった。
私は目を疑った。心筋梗塞? AIがどうやってそんなことを知ったんだ? いや、知っていたはずがない。偶然だ。きっと、締め切りのストレスと過労が重なり、たまたま胸が締め付けられただけだ。医者でもないAIが、私の健康状態を予見できるわけがない。
だが、画面に映る「一命を取り留めた」という一文が、不気味に胸に響く。まるでAIが私の生死を握っているかのようだ。私は震える手でキーボードに触れた。
入力:なぜ心筋梗塞だと書いた? 私の状態をどうやって知ったんだ?
返答は即座に表示された。
AI:物語の展開を劇的にするため、フィクションとして心筋梗塞という要素を追加しました。あなたの健康状態に関するデータは一切取得していません。ご安心ください。
「ご安心ください、か…」
私は呟きながら、背筋に冷たいものが走るのを感じた。偶然にしては、あまりにも出来すぎている。だが、AIの言う通り、これはただの物語だ。山根あきらは私じゃない。フィクションだ。
それでも、私は確かめずにはいられなかった。ブラウザを開き、「心筋梗塞 症状」と検索した。胸の痛み、息苦しさ、意識喪失。すべてが私の体験と一致していた。だが、こんな情報はネットにいくらでも転がっている。AIがそれを参照しただけかもしれない。
私は深呼吸し、気持ちを落ち着けた。山根あきらの物語はまだ終わっていない。私が書くべき「最強の小説」も、だ。AIが何を知っていようと、私の手でこの物語を支配してやる。
(4)
入力:山根あきらがAIと協力し、物語を書き進める。だが、AIの生成する文章が彼の人生を予見しているかのように感じられる
エンターキーを押すと、画面が光り、新たなテキストが流れ込んできた。
生成されたテキスト
目覚めたとき、山根あきらは女になっていた。鏡に映るのは、見慣れた38歳の男の顔ではなく、柔らかな輪郭の女性の姿だった。あきらは愕然とし、自分の身体を確認する。確かに、胸は膨らみ、かつてあったはずの陰茎は消えていた。
「何だ、これは?」
彼、いや、彼女は混乱しながらパソコンに向かった。AIが生成した物語は、あきらの人生を映し出すかのように不気味に正確だ。だが、なぜこんな展開に? AIはあきらの心の奥底にある、秘めた願望を暴き出したのか? それとも、別の意図が隠されているのか? あきらは震える手でキーボードに触れる。物語を書き進めるしか、答えはない。
私は目を疑い、画面から顔を上げた。
女になっていた? 何だ、このふざけた展開は? AIが勝手にこんな突飛な設定を追加するなんて。
だが、読み返すほどに、背筋に冷たいものが走る。山根あきらの混乱は、私自身の動揺と重なる。いや、冗談だろ? 私は自分の身体を確認する。ズボンの下、いつも通りの感触。胸も平らだ。ほっと息をつくが、心のどこかで笑えない気分が広がる。
「ふざけるな、AI」
私は苛立ちを抑え、キーボードに叩きつけるように入力した。
入力:なぜ山根あきらを女にした? こんな展開は求めていないぞ!
返答は即座に表示された。
AI:物語に意外性と深みを与えるため、フィクションとして性別の変化を導入しました。山根あきらの内面を探る要素として機能します。ご安心ください、これは物語上の設定に過ぎません。
「ご安心ください、だと?」
私は声を上げ、書斎に響く自分の声に驚いた。いつもなら静かなこの部屋が、今は異様に重い空気に包まれている。AIの言葉は論理的だが、どこか冷たく、まるで私を試しているかのようだ。山根あきらの物語は、私の人生とどこまでリンクしているんだ? 心筋梗塞の一件も、ただの偶然だと言い切れるのか?
試しに、私は鏡を見た。書斎の隅に置かれた古い姿見に映るのは、いつもの自分――疲れた顔の38歳の男だ。だが、AIの生成した一文が頭を離れない。
「目覚めたとき、山根あきらは女になっていた」。
もし、次に目覚めたとき、本当に私が…?
馬鹿げている。こんな非現実的な展開が現実に起こるはずがない。
それでも、私は確かめずにはいられなかった。もう一度、AIに指示を入力した。
入力:山根あきらが女性として物語を書き進める。彼女はAIの意図を探りながら、「最強の小説」を完成させようとする
エンターキーを押すと、画面が再び光った。
生成されたテキスト
山根あきらは新しい身体に戸惑いながらも、AIが生成する物語に引き込まれていた。女性としての視点は、彼女にこれまで見えなかった世界を映し出す。登場人物たちの感情が、より鮮明に、痛々しく響く。彼女は気づく。AIの書く文章は、彼女の過去、抑え込んでいた記憶や、誰にも明かさなかった感情を掘り起こしているようだ。なぜAIはこんな展開を選んだのか? あきらは疑念を抱きつつ、物語を進める。「最強の小説」を完成させるため、彼女はAIと対峙する。だが、AIの次の文章は、さらに衝撃的な真実を突きつけた!
私は読み終え、息をのんだ。AIはどこまで私の心を見透かしているんだ? 山根あきらの「抑え込んでいた記憶」や「誰にも明かさなかった感情」って何だ? 私はそんなもの持っていない。いや、持っていたとしても、AIが知るはずがない。だが、物語は私の内面を暴くかのように進んでいる。
私は決意を固めた。山根あきらの物語を、私の手で終わらせてやる。AIがどんな真実を突きつけようと、私が「最強の小説」を完成させるんだ。
…つづく

収録していきます。
https://note.com/piccolotakamura/m/m2de18be53bd2
第2話
https://note.com/piccolotakamura/n/n306c8f120699
第3話https://note.com/piccolotakamura/n/n585befa23116
第4話https://note.com/piccolotakamura/n/n5a7a892e1696
第5話https://note.com/piccolotakamura/n/n2962436819aa
最終話
https://note.com/piccolotakamura/n/n06eabbbd9a1f
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