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note継続論 | なぜ5年もnoteを続けているのだろう?



なぜ、5年もnoteを続けているのだろう?

最初は5年続けるつもりなんてなかった。とくに成し遂げたい目標があったわけでもない。ただ、1年365日の毎日投稿は達成したいと思っていた。

noteは書きたいことがある時だけ書けばいい!、という意見があるのは知っているが、語学でもそうだが、最初のうちは集中的に覚えるべきことを覚えてしまったほうが上達するのが早いから。ある程度のレベルに達すれば、その後は多少間隔があいても、完全に基礎を忘れてしまうことはない。

note1年目は、ネタがあまり思い浮かばないこともあったけれども、そういう時は企画に参加してみたり、写真を撮って投稿したりしていた。

だから、投稿内容は一貫性に欠けていた(今もだけど)が、毎日投稿が1年を過ぎると、「投稿しよう!」という強い意志はなくても自然にその日の投稿を済ませていることが多くなった。


noteは「書く」ことからはじめたが、連続投稿する中で、「写真撮る」ことが増えたし、note開始から半年過ぎる頃には、はじめての個人企画 (第一回 変態王)を開催したり、音声配信もするようになった。

書くことが目的だったはずが、読まれることや投稿自体が目的というか、モチベーションになった気がする。noteでできることはすべてやってみよう!、とnote1年目・2年目くらいの頃は思っていたのだと思う。

投稿のバリエーションが広がっていったが、マンネリ化する部分もあったかもしれない。レパートリーが増えたと言えば、聞こえはいいかもしれないが、同工異曲の記事が多くなったのは否定できない。けれども、不思議と飽きるということはなかった。

ネタがまったく思い付かない、何も書けないということは、今までほとんどないが、このまま続けて何か得るものがあるだろうか?、と思うことはあった。


私にとってはじめてのSNSはnote。
はてブロもやったことがあるけれども、なんというか、とくに反応もなく、手応えもなく。Xやスタエフもやるけど、毎日やるわけではない。

noteの機能への不満、あるいは、その人間関係で嫌気がさすこともあったけれども、やはりnoteが好きなのだと思う。

賞状をもらうことも、賞金をもらったこともないけど、これだけ続いているのは、最初の頃に毎日投稿を1年間つづけたからだろうな、と思う。

365日続いた。それが1000日を過ぎ、今では1800日を超えている。このまま続ければ、来年の1月頃には、毎日連続投稿は2000日を超える。

その事に意味があるか?、と問われれば、「意味があるのかどうかはわからない。けれども重みはある」と答える。意味を考え出すと「どうせ死ぬんだけど」という言葉しか出てこない。




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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします