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noteシリーズ論 | noteでは連載が読まれないのは何故か?





noteシリーズ論 | 連載が読まれないのは何故か?


noteでは「連載小説」のようなシリーズ物は読まれない。
もちろん、読んでくれる人はいますが、ほとんど読まれないと言っていいでしょう。

いっけん「よく読まれているようにみえる記事」とは、詩だったりショート・エッセイです。

noteでは、時間をかけずに「サクッ」と読める記事が好まれます。短い文章のわりにスキが多いことを「コスパが良い」と言うならば、つぶやきに近いものほど「コスパが良い」。


単発の記事は、その一本だけで完結している。その一方で、シリーズものは「前の記事を読んでいない」と当該記事を読んでみようという気にはなりません。

作者は「第一回から読んでほしい」と望むものですが、読者は最新回から入ることも多い。だから、シリーズ物は単発より読まれにくい。


スキを多くしたいのならば、短い記事のほうがいい。けれども、短すぎると「私はこんなに長文を書いているのに!」と思い、スキを押したくなくなるので、おおむね1000字から2000字程度が最適な長さと言えるでしょう。

ただし、スキが多いからといって、本当に読まれているかどうかはわかりません。そもそも「スキ」なんて、タイトルとその人の気分でつけるもの。あるいは、習慣ですね。

この人の文章はさほど長くなく、書いてあることも攻撃的ではない、という安心感があれば読まれようと読まれまいと「スキ」はつくものです。自分でも相手の記事に「スキ」を押しているならば。


身も蓋もないことですが、実際そうだろうと思っています。自分には文章の長短に関わらず、どれだけの時間をつぎ込んで書いたものなのか把握しています。けれども、たいていの読む人にはそんなことはわかりませんし、忙しい中読むものですから仕方ありません。

シリーズものは、比較的読まれる場合であっても、初回がもっとも反応を集め、その後は少しずつ落ち着いていくことが多いように思います。最後だけ少し反応が増えることもありますが、それが作品全体を読んだ結果なのか、それとも応援の気持ちなのかは、書き手にはわかりません。


それでも、連載小説などのシリーズ物を書きたくなる理由は、誰かに読まれるためではなく、自分が書き続けたいテーマだからでしょう。

シリーズ物は、人気が出るから続くのではありません。作者が続きを書きたいから続くものです。 読者が途中で入れ替わっても、書き手だけは最初から最後まで付き合うことになります。 だから、シリーズとは、読者との約束というより、自分との約束なのかもしれませんね。


もしかしたら、それを「虚しい!」と思う人もいるかもしれません。けれども、読む人が誰もいなくても、いったん書き始めた長編小説を最後まで書き切ることは、経験値を確実に上げます。

読まれないから書くのをやめていたら、何1つ完遂できなくなることでしょう。noteの記事は他人が読むものではありますが、いちばんのあなたの作品の読者はあなたです。

反応や反響は気になるものですし、読者はあなたの書いたものにたいして、何の責任も負うことがないので、気楽なもの。

noteでの交流は楽しいかもしれませんが、自分と向き合うためにnoteを続けることが大切だと私は思います。



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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします