メイドの飛脚⑧
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メイドの飛脚⑧
それから10日間、メイドの飛脚は現れなかった。こんなにも間があくことは今までになかった。
「もしかして、文通相手に何かあったのだろうか?それとも、メイドに何かあったのだろうか?」
私の心配は日に日に大きくなっていった。私の手紙は相手方にきちんと届いたのだろうか?
それとも、相手方が続きの物語を書けないでいるのだろうか?
さらに数日が過ぎた日になって、呼び鈴が鳴った。ようやくメイドさんがやってきたのだろうか?
急いで玄関に向かうと、そこにはいつもと変わらない笑顔のメイドさんが立っていた。
「ご主人様、お手紙をお届けに参りました」
屈託のない笑顔で私に言った。
「メイドさん、お久しぶりです。こんなにも間があいたのは初めてのことだから、とても心配していました。何かあったのですか?」
「いえ、とくに何かあったわけではありません。ただ…」
またいつものように「守秘義務」の話だと思って聞いていたが、メイドさんの答えは意外なものだった。
「この前、ご主人様からお預かりした手紙を、何度も読み返しておりました」
「というと?」
「今まで、本当に申し訳ありませんでした」
メイドさんの顔はいつになく真剣な表情だった。
「おそらくご主人様は気がつかれていたのではないでしょうか?私が霧の街の少女で、図書館に残されていたご主人様のおじいさんのメッセージを読んでいたことを…」
私はメイドさんのその言葉で、すべてを悟った。
「つまり、私の物語の返事はメイドさん、あなたご自身が書いていたということですよね」
「はい、お察しの通りでございます。この前、ご主人様の手紙を拝見して、おじいさんのメッセージに、ご主人様自らのお力でたどり着いたことを知って、感激したのです。もう、これより先の物語は私には書けません」
メイドさんは今にも泣き出しそうな笑顔で言った。
メイドさんの言葉に、私は一瞬、言葉を失った。彼女の真剣な表情と、泣き出しそうな笑顔が、胸に深く刺さった。霧の町の少女がメイドさん自身だったこと。文通相手として、おじいさんのメッセージを基に手紙を書いていたこと。そして、私が書いた物語が、おじいさんの想いにたどり着いたこと。すべてが、まるで霧が晴れるように繋がった。
「メイドさん、君が、おじいさんの手紙を見つけて、こうやって私に届けてくれたんだね。」
私はゆっくりと言葉を紡いだ。
「君が書いた手紙は、まるでおじいさんが生きているみたいだった。毎回、読むたびに、おじいさんの声が聞こえる気がしたよ」
メイドさんは、目を潤ませながら、そっと首を振った。
「ご主人様、それは私の力ではございません。おじいさまの手紙には、ご主人様への深い愛が綴られていました。私はただ、それを届けるお手伝いをしただけです。でも、ご主人様の物語が、おじいさまの想いに応え、霧の町の少女として新たな命を吹き込んでくれたのです」
彼女は封筒を胸から離し、そっと私に差し出した。
「これが、最後の手紙でございます。図書館で見た、おじいさまの未投函の手紙、その原本です。どうか、ご主人様の手で、読んでいただけますか?」
私は震える手で封筒を受け取った。封は古びており、差出人の名前は薄れているが、確かに「孫へ」と書かれていた。まるで、霧の町の少女が運んできた手紙そのものだ。封を切り、便箋を広げると、おじいさんの懐かしい筆跡が目に飛び込んできた。
おじいさんの手紙
私の愛する孫へ。
この手紙が、いつかお前に届くことを願って書いている。おじいさんは、もうそばにいないかもしれない。でも、手紙は、時を超えて心を届ける魔法だ。お前がどんな道を歩んでも、笑顔でいてくれるなら、それだけでいい。お前の物語は、きっと素晴らしいものになるよ。
おじいさんより
草々
読み終えた瞬間、涙が頬を伝った。おじいさんの声が、確かにそこにあった。子どもの頃、膝の上で聞いたあの温かい言葉が、時を超えて、今、私に届いた。メイドさんが、図書館でこの手紙を見つけてくれたからだ。彼女が、霧の町の少女として、私とおじいさんの心を繋いでくれた。
「メイドさん…ありがとう。」
私は涙を拭い、彼女に微笑んだ。
「君がこの手紙を見つけて、届けてくれなかったら、私はおじいさんの想いに気づけなかった。君は、ただの飛脚じゃない。ほんとうに、魔法使いのようだよ」
メイドさんは、照れたように笑い、いつもの軽やかな仕草で首をかしげた。
「ご主人様、恐縮でございます。私はただ、飛脚として、心を届けたかっただけなのです。でも、ご主人様の物語が、おじいさまの想いと繋がった今、私の役目は、ひとまず終わったかもしれませんね」
「終わった?」
私は少し驚いて、彼女を見つめた。「じゃあ、霧の町の物語はどうなるんだい? 第七章の続きは?」
メイドさんは、いたずらっぽく目を細めた。
「ふふ、ご主人様。それは、ご主人様の手で紡いでいただければと思います。霧の町の少女は、ご主人様の心の中にいます。そして…」
彼女は少し声を柔らかくして続けた。「もし、また手紙を届けてほしいとお望みのときが来たら、いつでも飛脚として参りますよ」
私は笑いながら、便箋を手に取った。
「そうか、じゃあ、霧の町の物語はまだ終わらないな。でも、メイドさん、これからは君自身の物語になるよね? 君が『メイドの飛脚』になった理由、いつか教えてくれるかい?」
メイドさんの笑顔を見ながら、私はふと思った。彼女が図書館で手紙を見つけるようになった背景には、どんな想いが隠れているのだろう? 新たな物語が、私の心の中で芽生え始めた。
…つづく
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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします