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note辞めます。




私がnoteを始めてから5年。この間に、多くの人がnoteを辞めていった。

ある日を境に、投稿がピタッと止まった人。
ある日突然、アカウントごと消えた人。
「辞めます」と宣言して、最後に挨拶まわりをしてから去った人。
「しばらく休養します」と書いたまま、戻ってこなくなった人。

noteには、いろいろな辞め方がある。

そして、辞め方や引き際には、その人のnoteとの向き合い方が表れるような気がする。

中には、「もう辞めます」と書いた翌日から、何事もなかったかのように投稿を続ける人もいる。

もちろん、気持ちが変わることは悪いことではない。人間の気持ちは変化するものだし、辞めようと思ったけれど、やっぱり書きたくなったということもあるだろう。

周囲の人も「良かったです」「これからもよろしくお願いします」と温かく迎えることが多い。それは素敵なことだと思う。

ただ、一方で「言葉が軽い人なのかな」と感じる人もいるかもしれない。

「辞めます」という言葉は、note上では簡単に書ける。しかし、その言葉を受け取る側には、それなりの重みがある。

最後の言葉だと思ってコメントした人もいるだろう。別れを惜しんだ人もいるだろう。

だからこそ、何度も「辞めます」と繰り返されると、少し戸惑ってしまう人がいるのも自然なことだと思う。

本当にnoteを辞めた人は、実際に一度、noteから離れた人だ。

「辞めます」と書いたあと、しばらく時間を置いて戻ってくる人もいる。その場合、以前とは少し違った気持ちでnoteと向き合っているように見える。

一方で、「辞める」と言ったこと自体を忘れたかのように続ける人もいる。

もしかすると、その人にとって「辞めます」という言葉は、本当の決意ではなく、その時の気持ちを表したものだったのかもしれない。

人はいつも、自分の感情を正確に扱えるわけではない。

noteは仕事ではない。だから、必ず宣言して辞める必要もない。黙って離れることも、その人の自由だ。

でも、言葉には少なからず責任がある。

5年間noteを続けてきて思うのは、記事の内容だけではなく、その人がnoteとどう向き合っているかも、少しずつ見えてくるということだ。

始め方に個性があるように、辞め方にもその人らしさが表れる。

だから私は、これからもnoteで出会う人の「書いたもの」だけではなく、「その人の言葉との向き合い方」も見ていきたいと思う。



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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします