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メイドの飛脚⑭


前話はこちら(↓)



メイドの飛脚⑭


 私は机に向かい、便箋に物語の新たなページを書き進めていた。海辺の町のメイドは、感謝の手紙を胸に走り続ける。彼女の心には、かつての恩師と仲間たちとの別れが刻まれている。

 メイドさんの言葉は前に言った。
「昔、先生にありがとうって手紙を書いたのに…引っ越しのドタバタで、渡せなかったんです。あの先生の笑顔、ずっと忘れられないんです」

 その言葉が私の空想を生き生きとしたものにしていた。彼女の過去は、妻の教え子、江梨子の物語とあまりにも似ている。私の亡妻、大里先生の笑顔が、彼女の心に生きているとしたら?
 物語は、彼女の真実にどこまで近づけるのだろう?

 私の物語は、こんな風に進んだ。海辺の町のメイドは、転校の前夜、恩師に手紙を書いた。

「あなたの言葉が、私を強くしてくれた。ありがとう。」
 だが、翌朝、彼女の家族は急な引っ越しで町を去った。手紙は、渡されることなく、彼女の鞄にしまったままだった。送別の日、仲間たちが港で歌を贈ってくれた。

♪暮れなずむ町の光と影の中、去りゆくあなたへ贈る言葉♪

 その歌声の中、恩師が微笑む姿が、彼女の心に焼きついた。メイドは悔やむ。「あの時、走って手紙を渡していれば…。」
 その後悔が、彼女を「メイドの飛脚」にした。彼女は誓う。
「二度と、想いを届け損ねてはならない」


 書き終えた頃、夕暮れのチャイムが鳴った。玄関を開けると、メイドさんがいつもの笑顔で立っていた。

「ご主人様、ただいま参りました!」
 彼女はメイド服の裾を揺らし、町の風を運んできた。軽く息を切らしながら、目はキラキラと輝いていた。
「新しい物語、進んでますか? 海辺の町のメイド、どんな想いを届けてるんです?」

「メイドさん、ちょうどいいところだよ」
 私は便箋の束を手に、微笑んだ。
「君の物語、かなり特別なものになってきた。海辺のメイドが、転校の日に仲間たちの歌で送られて、先生に手紙を渡せなかったって悔やむシーンを書いたんだけど…これ、君の過去と、なんかすごく似てない?」

 メイドさんは便箋を受け取り、目を丸くして読み始めた。ページをめくる彼女の手が、ほんの一瞬、止まった。いつもキラキラしていた瞳が、わずかに揺れ、唇が小さく震えた。「ご主人様…」彼女は低く呟き、便箋を胸にそっと押し当てた。

「この物語、まるで…私があの日に感じたことそのものみたいです」

 私は息を呑んだ。メイドさんの声は、いつもより柔らかく、どこか遠い記憶に浸るようだった。
「メイドさん…それって、ほんとに君の話なの? 君が、妻の教え子、江梨子と同じ送別の歌を聞いたってこと?」
 私は思わず身を乗り出した。

 メイドさんは一瞬、目を閉じ、深呼吸をした。すぐにいつもの笑顔を取り戻し、軽く首をかしげた。

「飛脚の守秘義務がありますから、ただ…」
 だが、彼女の言葉はそこで止まり、珍しくためらうような表情を見せた。
「ただ、ご主人様の物語、なんだか私の心にそっと鍵をかけて、開けてしまったみたい。…似たような話は、誰にでもあるものですよね?」 
 彼女の声は軽やかだったが、瞳にはほのかな涙が浮かんでいた。

「メイドさん…君の心に、こんな物語があったんだね。私の物語が、君の過去に触れられたなら、ほんとに嬉しいよ」

 私の胸は、彼女の反応で熱くなった。妻が話していた江梨子の送別、クラスメイトの歌、大里先生の笑顔。メイドさんの過去が、あの日の情景と重なる。彼女が江梨子でなくても、彼女の心は、確かに妻と繋がっている気がした。

 メイドさんは照れたように笑い、いたずらっぽく目を細めた。
「ふふふ、ご主人様。物語の魔法って、ほんとにすごいですね! 私の心をこんなにドキドキさせるなんて!」

 彼女は軽く手を振って続けた。
「でも、守秘義務で、これ以上はヒントなしですよ! ご主人様の物語が、どんな笑顔を届けてくれるのか、飛脚として心から楽しみにしております!」

 彼女が夕暮れの町へと走り出すのを見送りながら、私は便箋を手に取った。メイドさんの過去。転校の別れ。送別の歌。先生に届けられなかった手紙。

 私の物語とあまりにも似ている。彼女が江梨子でなくても、彼女の心には、あの日の笑顔が生きている。私の物語は、彼女の真実に触れたのかもしれない。次のページをめくりながら、私は書き続けた。海辺の町のメイドは、夜の海を背に走り続ける。彼女が求めていた笑顔は、遠く離れた誰かのものだった。


…つづく


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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします