note削除論 | 一度書いた記事を削除するとき。

note削除論 | 一度書いた記事を削除するとき。
私は多投稿だ。記事が多すぎる。だから、似た内容の記事は削除しようかな、と思うこともあった。けれども、私は基本的には一度書いて投稿した記事は削除しない。
noteをはじめてから今までに8600本を超える記事を書いているが、みずから削除した記事は、10本にも満たない。
自分で書いたものだから、残すのも削除するのも自由だが、内容が重なる記事であっても、その日その時に何を考えたのかという記録になるものだから、基本的にいったん投稿した記事は削除しない。それに、もしかしたら、読んでくれた人にとって、大切な記事になっている場合もあるだろうから。。。
基本的には、削除どころか、誤字脱字を見つけてもそのままにしておくことが多い。明らかな誤植は直すこともあるけれども、大幅に直したいならば、新稿として書き改める。
noteに書いた文章というのは、私にとっては、本や日記の1ページのようなものだから、あとになって書き直すというのは、改竄のように思えてしまう。だから、間違いも含めて、そのままにしておく場合が多い。
いい過ぎたり、攻撃的になりすぎたり、誤解だったりすることもあるが、それも基本的にはすべて残している。
そういった記事が私を攻撃するための材料として使われることもあるが、自分で書いたことの責任として、削除しない。
もちろん、自分で削除する意思がなくても、note運営に削除されたことはある。けれども、たとえ運営に削除されても、私自身は閲覧することは可能だからそれでいい。
かつて、当事者ではない人に「サイコパス」とか「弱い女性ばかりをターゲットにして誹謗中傷を繰り返している」と書かれたことがある。
私は自分が書いたことや、発言したことに関して、「書いていない」とか「言っていない」と言うことはない。ましてや、なかったことにするために、自分で記事を削除したことはない。
保身を考えれば、そういう誤解を招くような記事は削除したほうがいいのかもしれないが、相手がどんなに卑劣であっても保身のために事実を曲げることはしない。
まったく誰にも関連のない創作作品について「私のことを書かれた!誹謗中傷だ!」と言われたこともある。そう言った人の記事は読んだこともなかったり、そもそも「あなたは誰?」という場合もある。
そういうのは面倒だから、誤解を招いたなら削除したほうが楽と言えば楽だが、削除したらしたで「逃げてる!」とか言われるのは目に見えているので、基本的に削除しない。なぜか運営に、私の記事だけ削除されたことがあるけれども。
たぶん、これからも私は自分で自分の記事を削除することはない。
もしかしたら、遠い将来、noteを書ける体力や気力が失われることがあるかもしれない。だが、アカウントを自分で削除することはない。
なかには、さんざん人のことを誹謗中傷しておいて、アカウントを消して、すべての記事を消してしまった人がいるが、そういう人にはなりたくない。
そして、ほとぼりが冷めた頃に、なに食わぬ顔をして、noteを再開する人がいるが、そういう人にもなりたくない。
三歩歩けば、少し前の記憶さえ失ってしまう生き物に成り下がりたくない。


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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします
