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シェク・カネー=メイソンのショスタコーヴィチとブリテン

今晩は、シェク・カネー=メイソンのチェロ、ジョン・ウィルソン指揮シンフォニア・オブ・ロンドン、そしてイサタ・カネー=メイソンによる、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第2番、ブリテンとショスタコーヴィチのチェロ・ソナタを聴きます。
シェクは、BBCヤング・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤー(2016)のコンテストで、チェリストとして初めて黒人として優勝し一躍注目されました。また、ハリー王子とメーガン妃の結婚式(2018)での演奏が世界中で中継されたことをきっかけに、国際的な知名度が急上昇しました。音楽一家で、姉のイサタ・カネー=メイソン(ピアノ)や、このブログでも取り上げた妹のジェネバ・カネー=メイソンなど、本当にすごい一家だなと思います。


シェクは幅広いレパートリーに挑戦していますね。今回はショスタコーヴィチとブリテンという、通向きの作品を選びました。1999年4月4日生まれで、現在26歳ということを考えると、ちょっと内容的に早いかな? と思ったりもしますが、天才にはあまり年齢は関係ないのかも…。HIMARIさんなどもそうですが、どうして人生経験がそんなにないのにあの演奏ができるの?と思ったり。


さて、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲は、以前ヨー・ヨー・マとネルソンス、ボストン交響楽団のアルバムを紹介しました。難解ではあるけれど、あの録音のすごさですんなり聴けたのですが、今回の盤はデッカ。しかもオーケストラが、あのエリート集団、ジョン・ウィルソン指揮シンフォニア・オブ・ロンドン。期待できますね。彼らは通常シャンドス・レーベルからリリースしているので、デッカは珍しい。シェクがデッカと契約しているからでしょうか。


今回のチェロ協奏曲は第2番。彼は2016年のデビューアルバムで第1番を弾いていますから、第2番の録音も自然な流れかもしれません。パリ・フィルハーモニーのツアー公演の流れで収録したようです(録音は2024年10月、ロンドンのキルバーン・オーガスティン教会)。


チェロの深い低音から始まりますが、ヨー・ヨー・マのように最初から表情をつけません。やや虚無的な雰囲気で、歌いすぎない。やはりこの曲は、苦痛や深い傷を負った心の奥底を表現しているのでしょうね…。ただ、案外あっさり目かな? ややすんなり進むような気もします。1つ1つを噛み締めるように弾いていたマとは、やはり年齢の差が表れているようです。中間部では、木管の執拗なリズムと低弦のうねり、ピッコロの叫び、ファゴットの唸り、シロフォンの鋭い響きが交錯し、チェロがもがき苦しむような細かいパッセージを重ねていきます。やがて全楽器がフォルテッシモで鳴り響く。ダイナミックレンジが広いので、最初のソロに合わせて音量を上げておくと、家が揺れます。ものすごく分厚い音ですね、シンフォニア・オブ・ロンドン。このあたり、シャンドスの録音とはまた違う。シャンドスの音はもう少し暖かさがあって、ダイナミックレンジもやや狭め。バスドラムはネルソンス盤より遠めの位置で、実体感はやや薄め。ホルンのソロは柔らかく丸い音。やがて音楽は再び苦渋の中へと沈んでいきます。ウィルソンの指揮は的確で、オケを完璧にコントロールしている感じ。隙のない、締まった演奏です。


録音はやや遠目から全体を狙った音ですが、シャンドスで聴いてきたシンフォニア・オブ・ロンドンの音がしっかりと感じられます。そこにデッカの深い音場感と厚みが加わって、非常に良い録音だと思います。


第二楽章は、リズミカルなチェロのソロから始まる諧謔的な音楽。木管とチェロの対話が展開されます。執拗に響く街頭歌のモチーフが発展し、木管は分離が良く、ファゴットも埋もれずにしっかり聞こえます。ホルンの強奏も強烈ですが、どこか柔らかさがある。いかにも英国のオケですね。


第三楽章はホルンのファンファーレから。強烈ながら太く、柔らかさもある。これはデニス・ブレイン以来の伝統でしょうか。チェロは雄弁ですが、オーケストラがやや遠目に収録されていて一体感があります。途中のフルートのソロは非常に柔らかく、木管かな?と思わせるような音色。ソリスティックではないのが好ましい。ここは何かのパロディかな、トリルのあるカデンツが印象的。シェクは柔らかな音色で、あまりガリガリ弾きません。美しい、と言ってもいいかもしれません。これがシェクの演奏の特徴ですね。激しい部分ですら、美しいボーイングと音色。表情より音色で聴かせる演奏です。後半のオーケストラのトゥッティは、今までの彼らからはあまり聴かれなかった激しさで鳴っています。最後は、死への時を刻むかのような打楽器、シロフォン、そしてチェロのひと息が、まるで死ぬ前の最後のため息のように聞こえました。


続くブリテンのソナタは、5つの性格的な楽章からなる構成です。第一楽章は「対話」。その名の通り、チェロとピアノの掛け合いです。初演はロストロポーヴィチとブリテンのピアノでしたが、まさに会話というか、ちょっと口論? ディベートのようなやり取りです。それにしても録音が素晴らしい。深い音場、柔らかくも芯のある響き。さすがデッカ、と思っていたら、録音会場はブリテンとロストロポーヴィチも使用した、あのスネイプ・モルティングスじゃないですか。この前ブログで取り上げたコジェナーと内田光子さんのドビュッシーとメシアンの歌曲の録音もそうでしたが、やはりここは録音会場としていまだに人気なのかも。そういえば、シェクはロストロポーヴィチとブリテンが演奏したこのソナタを聴いてこの曲に恋したと言っていたようですが、その録音もここ、スネイプ・モルティングスだった。だから彼自身が希望したのかもしれません。ブリテンたちの録音はもう少し音が細身だけどオンマイク気味で、この作品の細かい部分までよく聞き取れます。こちらの姉弟の録音はもう少し空気感のある柔らかく包み込むような響きの録音。


第二楽章はピッツィカートによるスケルツォ。シェクはここでも瞬間的な激しさを見せながら、基本的には弱音で姉との対話を繰り広げます。第三楽章「エレジー」は内省的な楽章で、シェクの美しい響きが印象的。やはりこの人は音色ですね。やがてピアノとともにクライマックスを迎えますが、こういう場面での兄妹の一体感、思い切りの良さが素晴らしい。静寂とフォルテッシモの激しい対比が、この楽章の精神的な核なのだと思います。


第四楽章の「行進曲」は、皮肉とユーモアに満ちたマーチ。エネルギッシュでありながら、どこか揶揄を込めたような、ちょっと狂気を感じさせる曲想。ここではイサタのピアノがうまい。非常に美しい音で、激しい部分も巧みに聴かせてくれます。


第五楽章は「無窮動」。細かい音型が止まることなく突進します。シェクはここではかなりガリガリと弾いていますね。ショスタコーヴィチの名前の音列(D–E♭–C–B=D–Es–C–H)が含まれており、オマージュの強い作品です。


続くショスタコーヴィチのチェロ・ソナタは、私は今回が初めての体験です。初期の作品ということもあり、ブリテンのソナタに続けて聴くと、意外とロマンティックに感じます。実はこの時期、ショスタコーヴィチは奥さんとは別の女性に一時的に恋をしていたらしく、それが音楽に反映されているという説もあります。確かに、皮肉屋ショスタコーヴィチにしては、旋律がとても歌唱的です。そしてシェクは、この作品ではとてもよく歌っています。チェロ協奏曲とは明らかに音色を変えており、美しさが際立っています。


第二楽章は激しいアレグロ。シェクの高速ハーモニクスが見事で、まるで何かに取り憑かれたような熱量を感じます。ピアノは高音を執拗に繰り返し、これこそショスタコーヴィチ節といった印象です。


第三楽章「ラルゴ」は、憂いに満ちた音楽。再びシェクは、歌うことをやめ、無表情に近い音色で虚無感を表現しますが、やがて抑えきれない感情が溢れるようにヴィブラートが深くなっていく。この辺りの構成のうまさ、虚無と感情の対比がとても巧みです。


第四楽章はいかにもショスタコーヴィチらしい、ユーモアと皮肉に満ちたフィナーレ。二人は少し楽しみながら弾いているようにも聴こえますが、その中にも突然歌唱的な旋律が挟まり、そこではここぞとばかりに豊かに歌い上げます。ピアノも非常に技巧的で、イサタの腕前が光ります。そして、突然の終結。ユニークな作品ですが、私のようにややショスタコーヴィチが苦手な者にとっても、とても聴きやすく、むしろ好きになれる作品でした。


ということで、まだ26歳にしてここまで多彩な表現ができるシェクとイサタのカネー=メイソン兄妹には脱帽です。これからさらにレパートリーを深めていくであろう彼らの今後が、ますます楽しみになります。


録音についても、先ほど触れたように、スネイプ・モルティングスの深い響きに包まれた音場で、鋭さよりも深さを追求した音作り。デッカらしさがまだしっかり残っていて嬉しい。でも、この会場、いつか生で味わってみたいな……。オールドバラ音楽祭に行かなくちゃ。


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