モディリアーニ弦楽四重奏団によるチャイコフスキー弦楽四重奏第3番と《フィレンツェの想い出》

今晩は、ミラーレ・レーベルから9月19日リリースされた、モディリアーニ弦楽四重奏団らによるチャイコフスキーの弦楽四重奏第3番と《フィレンツェの想い出》を聞きます。
収録曲は以下の通り
弦楽四重奏曲 第3番 変ホ短調 作品30
アンダンテ・ソステヌート ― アレグロ・モデラート
アレグロ・ヴィーヴォとスケルツァンド
アンダンテ・フネブレとドロローソ、しかし運動的に
終曲:アレグロ・ノン・トロッポ、かつ力強く
《フィレンツェの想い出》 作品70(弦楽六重奏曲 ニ短調)
アレグロ・コン・スピリト
アダージョ・カンタービレ、かつ運動的に
アレグロ・モデラート
アレグロ・ヴィヴァーチェ
モディリアーニ弦楽四重奏団
アモリ・コエトー ヴァイオリン
ロイック・リオ ヴァイオリン
ロラン・マルファン ヴィオラ
フランソワ・キーファー チェロ
エレーヌ・クレマン ヴィオラ
アントワーヌ・レデルラン チェロ
モディリアーニ弦楽四重奏団は、2023年に結成20周年を迎えたフランスの実力派アンサンブル。世界の主要ホールや音楽祭に常連として出演し、2017年にはハンブルクのエルプフィルハーモニー交響ホールに招かれた初の四重奏団となりました。2020年からはボルドーの弦楽四重奏フェスティバルの芸術監督を務めるなど、その活動は幅広く、サン=ポール=ド=ヴァンス音楽祭の創設にも関わっています。2008年以来ミラーレ・レーベルに録音を重ね、16枚の受賞歴あるアルバムを発表しており、2025年からはフランス放送のレジデント・カルテットとして3シーズンにわたり活動予定とか、注目の弦楽四重奏団ですね。日本には10年くらい前に公演をしています。
この弦楽四重奏団、私はまずシューベルトの弦楽四重奏全集で知りました。その後のグリーグとスメタナの四重奏はシューベルトの時とは全く違う音色で弾いていて、表現の幅が広い団体だと感じています。
さて、チャイコフスキーの弦楽四重奏曲第3番。正直言いまして、聴いたことありませんでした。有名なのは第1番の第2楽章、アンダンテ・カンタービレですね。3番まであったのか・・・というのが無知な私の正直なところ。
この曲は1876年作曲、これまでのチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番、第2番を初演してきたフェルディナント・ラウブがなくなり、それを追悼するために書かれています。チャイコフスキーも当時孤独や抑うつに悩まされていたとのこと。
第1楽章は沈鬱で重苦しい序奏。変ホ短調というのはかなり珍しい調性です。厳粛で葬送的なのは、やはり追悼の意味があるからでしょう。同時にベートーヴェンの後期四重奏の雰囲気も感じられますね。和声的に凝った四重奏の後、ピチカートの伴奏でヴァイオリンが悲しげなメロディを奏でます。
ここでモディリアーニ弦楽四重奏団の第1ヴァイオリン、アモリー・コエトーが素晴らしいエスプレッシーヴォ。シューベルトの演奏とは全く違う深いヴィブラートで情感たっぷり。そしてそれを引き継ぐフランソワ・キーファーのチェロも同様で艶のある音色でよく歌います。
それから録音がとびきりいい。Qobuzでは192khzで配信されていますが、とても鮮度の高い音で、弦楽器の生々しい音がよく捉えられています。
主部はソナタ形式で第1主題はスラブ風。情熱的ですが、やはり内向的。第2主題は変ト長調でより柔らかく抒情的で声楽的なカンタービレ。しかし曲想はすぐに暗鬱な方向に向かいます。展開部は主題が断片化され、半音階、転調が多用され、不安定な葛藤が表現されていますね。
モディリアーニの演奏は各パートとも深い表情で歌われていて激しさと共にぶつかり合うような激しいアンサンブル。熱演ですね。
再現部は主調に戻り、第2主題も主調に戻され、提示部よりも悲劇性が深まります。コーダに入る直前のヴァイオリンのソロは悲痛な叫び。
コーダは再びアンダンテ・ソステヌートが回帰され哀悼的な雰囲気で幕を閉じます。前半ではチェロに引き継がれた旋律がヴィオラで奏でられ、これがまた素晴らしい音色。
第1楽章だけで17分以上ある室内楽としては大曲。チャイコフスキーの苦しみが溢れてくるような、そして音楽的にはものすごく充実した内容の楽章。
第2楽章はスケルツォ的。あまりに暗い1楽章の雰囲気を吹き飛ばすような変ロ長調。短い動機を反復しますが、ヴァイオリンからチェロまで短い音で受け継がれるパッセージは緊迫感があり、弦楽四重奏のオーケストレーションとしてはなかなか効果的。トリオはヘ長調でヴィオラが主体。伸びやかで歌謡的雰囲気。モディリアーニ四重奏団の演奏は見事としか言いような緊密なアンサンブル。
第3楽章は再び変ホ短調。Andante funebre e doloroso, ma con moto。funebreという表記の通り、葬送風。悲痛なコラール、密集の濃厚な和声、不協和の響き、鋭いピチカートが痛みを表すかのよう。中間部では長調の響きになり、時に慰めを感じさせる明るい和音が響き、光が差し込むかのよう。雰囲気はしかし再び葬送的。調性はロ長調となり過去を懐かしむようになりますが、コーダは再び変ホ短調に戻り悲しみはより高まっていきます。葬送行進曲的なコラールの中、すすり泣きを思わせるセカンド・ヴァイオリンの同音の繰り返し。最後の和音は天に向かって登るように各楽器が高音で最後の和音を奏でます。チャイコフスキーの心情がそのまま反映された楽章。
モディリアーニの演奏は冒頭のコラールから非常に深い音色を聴かせます。フランスの弦楽四重奏団のイメージを覆す非常に濃厚なハーモニー、ロシアの弦楽四重奏団のよう。
終楽章は今までの沈鬱さを吹き飛ばすような変ホ長調。情熱的な第1主題、民族的でやや暗さを感じさせる第2主題。基本舞踏的な雰囲気。展開部は第1主題の断片を対位法的に処理し、転調を重ね、激しいリズムと不協和音が交錯してエネルギーを高めます。モディリアーニの演奏はこの緊迫感と前進する力に溢れたドラマティックな演奏。コーダに入る前は一瞬ピチカートで第1楽章を思い出した後、それを振り切るかのような明るい集結部。
これまでの悲しみを吹き飛ばして、力強く前向きに生きようという意志が感じられる肯定的な楽章でした。
いやー、こんなに充実した弦楽四重奏曲があったとは。もっと演奏されていいですね。それからモディリアーニ弦楽四重奏団はグリーグやスメタナの時以上に激しい表現力で聴かせてくれます。名演。
続く《フィレンツェの想い出》 作品70(弦楽六重奏曲 ニ短調)、これはメンバーにヴィオラのエレーヌ・クレマンとチェロのアントワーヌ・レデルランが加わります。
こちらの作品は人気の曲ですね。
この曲は弦楽四重奏曲第3番から14年後の1890年(改訂は1892年)の作。イタリア・フィレンツェ滞在中に主題の一部を構想したとされるためこの名前がついています。すでにチャイコフスキーは交響曲第5番、眠れる森の美女などを発表していた充実のころ。彼の最後の本格的な室内楽作品。
弦楽六重奏ですが、まるで弦楽合奏を聴くような重厚な響き。第1楽章から分厚く、そして劇的な演奏。ヴィオラとチェロが加わることで音に厚みが加わり、弦楽四重奏との対比が感じられます。そしてやはりヴァイオリンのコエトーが実にいいカンタービレを聴かせてくれます。スラブ舞曲的なエネルギーがみっちり詰まっていますね。かなり複雑な曲ですが、アンサンブルは完璧で緊迫感は素晴らしい。松脂が飛んできそうな演奏と録音。
第2楽章は一瞬弦楽セレナーデを思わせる開始。そしてピチカートに乗ったコエトーがここでも最高の歌を聴かせてくれます。ヴィブラートは深く濃厚。それを受け継ぐチェロも同様の表情豊かなカンタービレ。いいねぇ、チャイコフスキー、たまには。中間部では激しいトレモロによる不安感も一瞬表出されますが、ただただカンタービレだけの曲ではないのですよね。
第3楽章、民謡風なメロディが素敵ですよね。やや重めのリズムで進んでいきますが、響きはもうオーケストラ的。これは2本のチェロの効果でしょう。トリオは対照的に実に軽快で楽しい。この落差がいいですね、演奏は熱狂的。
終楽章、これも民謡的かつ舞曲風の主題。またフーガ風な書法も非常に充実していて密度が高い作品と演奏。第2主題は明るくしかも濃厚に歌われます。聴きどころは展開部の対位法でしょう。緊迫した6つの声部が絡み合うのは実に見事。
さて、この演奏、とにかくモディリアーニ弦楽四重奏団の演奏が飛び抜けて素晴らしい。濃厚かつ劇的、そしてカンタービレ。シューベルト全集は渋いカルテットだなと思い、グリーグではその激しい演奏に驚き、このアルバムでは表情の豊かさと表現のレンジの広さに驚きました。また録音の生々しさもさらにこの演奏の良さを引き出しています。これはここのところ聴いてきた室内楽の演奏の中でも飛び抜けて素晴らしいと感じます。
モディリアーニ弦楽四重奏団はこれからベートーヴェンの弦楽四重奏をリリースを計画しているらしいけど、これは楽しみです!
録音:2020年12月16日・17日にベルギーのフラジェイにて(トラック1~4)
2024年12月2日~4日にオーストリアのホーエネムスにて(トラック5~8)
芸術監督・録音・ミキシング・編集・マスタリング:ユグ・デショー
芸術構想・監修:ルネ・マルタン、フランソワ=ルネ・マルタン、レナイグ・テボー
デザインおよびディジパック制作:ワリス・フーシェ
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