アックス、カヴァコス、ヨーヨー・マのベートーヴェン:交響曲第1番、幽霊、街の歌

今晩は、ソニー・クラシカルから8月22日リリースされた、エマニュエル・アックスのピアノ、レオニダス・カヴァコスのヴァイオリン、ヨーヨー・マのチェロによる「Beethoven for Three」シリーズ最新(第4弾)のアルバムを聴きます。
ベートーヴェンのシンフォニーをピアノトリオでやっちゃおうという企画、4枚目まできました。交響曲第2番、第5番から始まり、6番、4番と続き、今回は交響曲第1番。
サブスクであらゆる音楽が簡単に聴ける時代とは違って、クラシックの作曲家の時代は管弦楽曲を知るには滅多にない演奏会に行くか、あとは家庭でピアノで弾いたり室内楽で聴くしかありませんでした。ベートーヴェンのシンフォニーも巷ではすごいという噂がたっても実際に聞くのは難しかった。そこで小さな室内楽にアレンジして家庭やサロンで弾いたり聞いて楽しむということが一般的だったのですね。それでベートーヴェンの交響曲も色々なアレンジが出ていますね。ピアノではチェルニーからリスト、モシェレス、室内楽ではフンメルが有名かな。私はフンメル版の「田園」を演奏したことがあります。ピアノ、フルート、ヴァイオリン、チェロ、という編成。でも基本はピアノであとの楽器はあってもなくてもいいようなアレンジでちょっとがっかりした記憶があります。
このアルバムのシリーズはアレンジがエマニュエル・アックス門下のピアニスト、シャイ・ウォスナーが担当しています。あまりモダンすぎない、時代考証を考えたアレンジだと思いますが、最初の2番はまぁ良かったけれど、実は正直「運命」ではちょっとがっかりしました・・・。だってちょっと無理がありますよ。面白いかもしれないけれど、違和感がありすぎて楽しめなかった。オーケストラのイメージが強いですからね。リストのピアノ版とかは迫力があっていいんですが、ピアノ三重奏版はあまりに無理やり感が強すぎて。ジャジャジャジャーンが白けちゃう。「田園」もやっぱり色彩豊かなオリジナルを知っていると、想像力は掻き立てられるものの今ひとつ入り込めなかった。
それが4番だと案外すんなり入ってきました。4番くらいまではまだ古典派的要素が強いからでしょうか、あ、これならいけるな、と。
今度はいよいよ交響曲第1番。早速聴いてみます。冒頭の響き、おお、いい。やはり古典に近い方がこの編成にあうのでしょう。自然です。それから以前他のシリーズを聴いた時のオーディオシステムが今とかなり違う。そのため今のシステムでは響きが以前より非常に豊かに感じられるのも要因の一つかも。
第1楽章、フンメル版とは全く違ってヴァイオリン、チェロ、ピアノが対等に活躍します。冒頭の序奏からとてもいい響きですが、主部に入ってからの推進力とエネルギーがすごい。フンメル版はチェロはほとんどピアノの左手の補強だったのですが、ここではしっかりと大きな役割が担われています。各楽器が積極的にフレーズを弾き込んでいて、音楽が停滞しません。
第2楽章はヴァイオリン、チェロ、ピアノと掛け合い、主部はピアノ。少し前向きのテンポで楽しい。歯切れがいいですね、HIPの影響もあるでしょう。基本はピアノが和声感を出す中で、ヴァイオリン、チェロが旋律を歌いますが、時にピアノが主役になったり、脇役になったり。アックスのピアノはペダルを使いすぎずこの楽章では歯切れの良い付点のリズムを刻みます。魅力はカヴァコスとマの掛け合いと歌ですね。最後のホルンの和音はヴァイオリンの重音で。
スケルツォは活き活きしたテンポ、しっかりとスフォルツァンドを生かした演奏。
終楽章の思わせぶりたっぷりの導入部は最初の和音の後、ヴァイオリン、ピアノが掛け合いで序奏のパッセージを弾きます。主部はピアノ主体からテュッティでは全楽器を鳴らして、その後のそれぞれの掛け合いが楽しい。次はどの楽器が弾くかな?と推測しながら聞くのもまた面白いですね。それからフォルテッシモになってもアックスのピアノは決して割れない、美しい音を保っています。これが激しく弾きまくるカヴァコスとヨーヨー・マの中にあってちょうどいい音色のバランス感。
このアルバムはこの後、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第5番ニ長調「幽霊」。やっぱりオリジナルの方がいいなぁ。交響曲の方はアレンジにかなり工夫が見られるぶん、ちょっと仕掛けが目についてやや気になったけれど、こちらはピッタリとピアノトリオの編成にハマっています。まぁベートーヴェンのオリジナルですから当たり前ですが。それから演奏もこちらの方が好きかも。交響曲はおまけでこっちがメインと言ってもいいくらい。水を得た魚のように各奏者が自分の役割をこなしつつ見事なアンサンブルと気迫すら感じられます。
第2楽章は「幽霊」の名称の起源となった曲。チェルニーが「ハムレット」の幽霊の場面を思い起こすと言ったとか、地獄界から出現の幽霊見たいと言ったとか、色々説がありますが、おどろおどろしい幽霊というよりはもっとベートーヴェンの心の鬱屈した心のうちを表現しているように聴こえます。三人の演奏は感情のダイナミックレンジがとても広く、静かな部分と激しさのコントラストが見事。
第3楽章は前楽章の沈み込んだ心を吹き飛ばすような演奏。それぞれの名演奏家が触発し合って燃え上がっていきます。
最後にもう1つピアノ三重奏曲第4番変ロ長調「街の歌」が収められています。これはもう少し穏やかですが、明るくて魅力的な作品ですね。原曲はヴァイオリンの代わりにクラリネットでしたが、ヴァイオリン版もクラリネットとは違う魅力があります。カヴァコスが熱い音ですね。演奏はとにかく前向きで沈滞せずエネルギッシュ。
第2楽章はマの歌から始まります。ここでは様式感を押さえていて歌いすぎない。でもやっぱりヨーヨー・マの歌が聞こえてきます。その後のアックスのピアノが実に美しい高音。
第3楽章の「街の歌」はやっぱりアックスがいい。その後の虚無的なチェロとヴァイオリンの二重奏が面白いですね、ここで敢えて無表情を装う。そして一気に感情が炸裂。シンプルな旋律の変奏曲なのになんて起伏に富んでいるのでしょう。三人はもう徹底的に攻めているという感じ。
素晴らしい演奏でした。ところで、エマニュエル・アックスってもう今年で76歳。まったく衰えを感じさせませんね。ヨーヨー・マは今年で10月70歳・・・まじか。もうそんな?私も歳とるはずだわ。カヴァコスは57歳だから今が一番脂が乗っていますが、こういう演奏家たちって本当にすごい。いつまでも歳とらないですよね・・・私も楽器を続けなきゃなぁ。
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