ガードナー指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団によるラフマニノフの《鐘》と《交響的舞曲》
今晩は、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団によるラフマニノフの《鐘》と《交響的舞曲》を聴きます。指揮はエドワード・ガードナー、独唱はクリスティーナ・ムキタリャン(ソプラノ)、ドミトロ・ポポフ(テノール)、コスタス・スモリギナス(バス=バリトン)、合唱はロンドン・フィルハーモニック合唱団という布陣です。
ガードナーは2021年からロンドン・フィルの首席指揮者を務め、2024年からはノルウェー国立オペラの音楽監督にも就任。オーケストラだけでなくオペラの分野でも活躍していて、先日はノルウェー国立オペラの《さまよえるオランダ人》の録音を聴きましたが、比較的すっきりとしたワーグナーで、オーケストラを非常に高い水準でコントロールしている印象を持ちました。
《鐘》はエドガー・アラン・ポーの詩に基づく作品で、ラフマニノフはそのロシア語訳(バルモント訳)を通して作曲しています。私はこの作品をアシュケナージ指揮の演奏で生で聴いたことがあるのですが、今回あらためてポーの詩だったことに気づきました。あの「黒猫」や「モルグ街の殺人」のアラン・ポーが、ラフマニノフのこのロシア語作品の背後にいたとは……少し意外です。
4つの楽章は、銀の鈴、結婚の鐘、警報の鐘、そして葬送の鉄の鐘と、人生の四季を描くように進行していきます。単なる合唱作品というよりは、実質的に「声付き交響曲」と呼びたくなる構成の密度と劇的な広がりがあります。
第1楽章の「銀の鈴」は、軽やかな木管のパッセージとともに、銀色の鈴を鳴らしながら走るソリの情景が描かれ、人生の始まりの無垢な喜びが表現されています。ただし、その喜びにはどこか夢のような儚さが漂っています。録音はライヴ収録とのことで、全体に少し遠めのマイク配置でありながらも、それぞれの楽器はよく分離しています。弦も柔らかく細かい音を隅々まで捉えています。合唱は少し奥から。独唱は音像が小さく、定位がピタリと合っていて安定しています。
第2楽章の「結婚の鐘」は、柔らかな弦の響きとともに幸福感に包まれた音楽ですが、どこか「この幸福がいつまで続くのか」という不安も垣間見えます。半音階的な動きがトリスタンを思わせます。ロシア的な声を持つソプラノ独唱が印象的で、美しさの中に陰影を感じさせます。
第3楽章「警報の鐘」は、現代にあって聴くとまさに戦争の恐怖を描いていますね。恐怖と狂気が渦巻くなか、バス独唱と合唱が叫ぶように歌います。ガードナーの演奏はオーケストラも合唱も非常にコントロールされていて、完成度は高いのですが、その中には「狂気」が感じらレます。崩壊寸前の感情とでも言いましょうか。
第4楽章「葬送の鐘」では、コールアングレが悲しげな旋律を奏でるなか、不吉な和音(鐘を表しているのでしょう)が差し込まれることで、人間の宿命――死が静かに、しかし確実に迫っていることが示されていきます。バス独唱が「人生の苦い夢が終わった」と歌い、合唱とオーケストラは沈黙に向かうように音を収束させていきます。重々しい鐘の響きと、断片的に現れる《怒りの日(Dies irae)》のモチーフが、永遠の眠りを予感させ、最後は感動的な弦とハープに導かれて穏やかな終止を迎えます。
後半の《交響的舞曲》は、ラフマニノフがアメリカ亡命後に作曲した最後の作品。もともとは《幻想的舞曲》と名付けるつもりだったらしく、「昼」「夕」「深夜」という一日の時間帯の移ろいを暗示するとも言われています。第1楽章ではかつて破棄された《交響曲第1番》の主題が引用され、ラフマニノフ自身の過去への回帰と再解釈が感じられます。ガードナーは、やや雑然としてガチャガチャとしがちなこの曲を、見事に整理整頓して響かせています。鳴るべき楽器を鳴らし、ひっこめるべきところはしっかり抑える。実に巧みなバランス感覚ですが、ここでも少し「きれいにまとまりすぎ」という印象は否めません。《オランダ人》を聴いたときにも思いましたが、ガードナーは構成力や整理能力に優れている一方で、もう一歩踏み込んだ「爆発」が控えめな傾向があるように思います。
第2楽章は、ゆるやかなワルツのリズムに乗って、幻想的な黄昏の情景が描かれます。夢と現実のあいだをさまようような美しい音の流れで、中間部では調性感の薄れた部分もあり、時間が止まったような不思議な感覚が漂います。このあたりの表現はとてもガードナーうまい。
第3楽章の終盤には、ラフマニノフの宗教的作品《晩祷》から「アレルヤ」の旋律が引用されます。スコアには実際に“Alleluia”という語が書き込まれており、ラフマニノフはそこに「主よ、感謝します」という言葉も添えているとのこと。死と復活、受容と救済――そうしたテーマが、音楽の深いところで静かに響いています。
録音はライヴとのことですが、演奏中のライヴ感はあまり感じられません。リハーサルなどの音源を組み合わせて編集されているのでしょう、客席ノイズや咳払いなどもきれいにカットされていて、少し整いすぎている印象。最近はこうした「ライヴ収録だけど実質スタジオのような仕上がり」が増えましたが、個人的にはもう少し自然な、修正なしのライヴ録音も聴いてみたいところです。ただ、交響的舞曲の一番最後はゴングが鳴って終わるのですが、鳴りきらないうちに盛大な拍手が入っていて、それでライブだったのに気がつきましたが。
とはいえ、《鐘》と《交響的舞曲》という二つの作品を通して、ラフマニノフの「声」と「器楽」という二つの側面が補い合うように提示され、非常に充実したアルバムでした。人生の四季、過去の回想、死の受容――ラフマニノフが最後まで書き続けたテーマが、ここで見事に結ばれています。
二つの曲は音楽的な要素にも共通点が多く、《怒りの日》やラフマニノフ自身の過去作品の引用、さらにはロシア正教の聖歌までが響き合っています。それぞれの作品を単独で聴くよりも、続けて並べて聴くことで、作品相互の関係や、作曲者の内面により深く触れることができたように感じました。
