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アーロン・ピルサンのバッハ 平均律第2巻

今晩はアーロン・ピルサンのバッハ作曲平均律クラヴィーア曲集第2巻を聴きます。
先日アンドレ・メヒアスの平均律2巻を聴いたばかりですが、もう1つ今月は新しいアルバムがリリースされました。

アーロン・ピルサンは1995年オーストリア生まれのピアニスト。アンドラーシュ・シフやブレンデル、ピリスなどにも学んだと言います。彼のバッハの平均律第1巻は2年くらい前かな、リリースされていて聴きました。この演奏の最も大きな特徴は調律を不等分律に調律してあるということ。使用しているピアノは1982年製のハンブルク・スタインウェイD型。調律はバッハの平均律クラヴィーア曲集の調律について独自の研究を行っているマーク・リンドリーという方。

バッハの「平均律」という訳は誤訳で、12平均律(equal temperament)じゃなくてよく調律された(well temperament)であることはもうご存知の方も多いかと思います。バッハはキルンベルガーとかヴェルクマイスターっていう不等分律で調律していたらしいけど詳しいことはわかっていないようですね。それ以前のミーントーンとか中全音の調律だとハ長調みたいなフラットシャープが少ない長3度は美しく響くけど嬰ハ長調みたいな複雑な調性になると酷く濁って使えなかったのを、バッハの時代にようやく全ての調性でも演奏可能な調律が出てきたわけです。それで24の調全ての曲集を作曲できたわけですが、こんなこと考えたのはバッハが最初で、この後の作曲家に多大な影響を与えましたね、ショパンとかアルカンとかラフマニノフとかショスタコーヴィチとか。

現代のピアノの普通の調律は、どんな調で弾いても基本的には全て同じ響き、3度の響きとかは同じに調律されていますが、バッハ時代、あるいは実際にはロマン派くらいまでは現代の調律とは違って不等分律で調律されていました。これはどう言うことかというと、調性によって響き方が異なってくると言うこと。ハ長調のような派生音が少ない調性は3度が純正に近く美しく響くし、濁り方も少ない。それが複雑な調になるほど響きが複雑になります。バッハはそのことを見越して、それぞれの調の響きを考えて作曲していますね。特に平均律曲集の第1巻はその傾向が強くて、例えば有名な第1番のハ長調は3度が美しく響くような和音構成ですよね。これってすごく大きなことで、調性によって響きが違うと言うことをロマン派までの作曲家は知っていて、どの調だとこんな響きだというイメージができていたと思います。ベートーヴェンもショパンもバッハの平均律をものすごく重要視していて、ここから調性のイメージというのを掴んでいったのだと思うのです。そう思うとバッハが音楽の父、というのはあながち間違いではないし、平均律クラヴィーア曲集が音楽の旧約聖書だと言うのも確かにそうかも知れません。これはヨーロッパ音楽の伝統にとって非常に大切なこと。調律というのはその音楽文化の最も根底にあるのだと思います。何かで読んだのですが、ストラヴィンスキーが米国で日本の琴を聴いたときに、日本のオリジナルの調律で聞きたい、と言ったとか。日本古来の調律法は必ずあるはずで、平調子とか雲井調子とか聴いたことあるけど、それが日本の音楽的伝統。今、日本の箏曲の調律ってチューナー使ってやってるのをみたことあるけど、古典的な調律でやってるのかな?そのあたりはすごく大切なことだと思うのだけど・・・。

話がそれましたが、つまり作曲家は調性の色を把握していたからこそ、楽曲が何調というのはものすごく大切なことですね。ハ短調が運命的な調性ということをベートーヴェンは知って作ったと思うのです。ロマン派になると妙にフラットシャープが多い曲が増えてくるのも、内面の複雑な心理を表すのには複雑な微妙な濁りのある響きの調性が相応しいと考えたと思うのですね。ピアノソナタ何調、という曲名はその調性でかなり曲の性格がわかると言ってもいいかもしれません。だから曲の表記には必ずと言っていいほど調性が入るというわけです。

このアルバムからどんどん離れていまいました。ただこのピルサンの演奏の特徴の1つが調律にあることは確かで、それを意識しながら耳を澄ませるとそれまでの普通のピアノ調律で聞いていたのとは違うものが聞こえてくるかも知れない・・。チェンバロはほとんどの場合不等分律で演奏しているので、それがわかりやすい。3度の響きがピアノでは絶対に得られない美しいハモリ方をしています。ピアノの場合は不等分律で調律しても、多分3本の弦を同時に鳴らすので、チェンバロほど不等分律の効果がわかりやすくはないかと思いますが、この演奏をそこのところも注意深く聞くのも面白い聞き方だと思います。バッハというとフーガのように幾つもの声部を追っていく聴き方が普通ですが、ここで聴き方を変えて、前奏曲やフーガの中にある響き、ハーモニーを聴く。横線で聞くのではなくて縦の和音に注意を向けて聞く。特に曲の最後の音に耳を澄ませる。その微妙な響きの違いを聞き取る。複雑な調でも濁っている部分もあれば、ハッとするほど美しい響きもある。これ結構面白いですよ、今までにない聴き方かも知れません。

もう亡くなられてしまったけれどNHK交響楽団のフルート奏者であられた小出信也先生(ヒゲとめがねのフルート奏者で覚えておられる方も多いでしょう)のお宅に遊びに行った時に、先生はピアノの調律をご自身で不等分律でされていてびっくりした覚えがあります。先生はチェンバロもお持ちでしたので、ピアノも現代の調律でやるなんておかしいって言ってましたが、ここまでこだわるのだなぁ、と思ったものですが、大切なことですね。

ピルサンの演奏はやはり調性を意識した性格づけを行っていると思うけど、基本的に非常にオーソドックス。シフ系ですね。それからこの前聞いた若いメヒアスみたいに強い音では弾かないですね、それぞれの音の粒だちをよくするために、グールドみたいにすごく短いスタッカートとかは使わず、強さをあるところまでに抑えているように思います。ピアノはあまり強烈に叩くと打楽器的な倍音が強くなるので、美しい倍音の中にそれが入ってくることで音律のもつの美しさを消してしまうと思うのです。だからあまりガンガンは弾かない。もちろんフォルテはあるけれど、割れるような音は使っていません。例えば12番ヘ短調とか14番の嬰ヘ長調とか、22番の変ロ短調とかでは複雑な前奏曲もフーガも耳を澄ませると複雑な響きが聞こえてくる(ような気がする(汗))。前奏曲やフーガが終わった時にピカルディ(短調の曲だけど最後の和音だけ長調の和音にする)で長調の和音が弾かれるんだけど、最後の和音になると響きがすごく純正でパーっと雲が晴れるような効果があります。この和音は本当に濁りが少なくて、現代の調律では味わえない響きです。

奇を衒ったところは全くなくて誠実に音楽を演奏しているバッハですが、こういうバッハもいいですね。古いスタインウェイのややくすんだ音色とその調律でほっとさせる響きで、柔らかい音の中にこの作品そのものがもつ美しさが浮かび上がってくる、そんな演奏だと思います。

https://classical.music.apple.com/jp/album/1793021094?l=ja-JP


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