読書感想文: 乙嫁語り
今回は漫画です。前から気になっていた作品でして、読みましたので感想をば。
乙嫁語り
19世紀中頃の中央アジアの人々の生活を描いた作品です。
広大なステップで遊牧民として育ったアミルという女性が、町で定住民として育ったカルルクの元に嫁入りするところから物語は始まります。
遊牧民による放牧、狩猟、定住民による交易など、中央アジアの人間模様が二人を中心に描かれています。
"失われたもの"のリアリティ
まずこの漫画のページをめくって驚くのは、その精緻な筆致です。全てのコマが細かく美しく描き込まれています。まさしく微に入り細を穿つといった風で、それがこの漫画の世界に没入させる大きな要素になっているのですが、自分はそれだけではないと考えます。
物語にはカルルク、アミル夫妻の家に居候しているスミスという英国人が登場します。
彼は学術研究のために中央アジアを訪れており、中盤カルルクたちの元を離れ、各地を周って土地々々の生活を取材します。
友人から何故そうまでして、危険も伴う中央アジアを旅するのか、と聞かれたとき、スミスはこう答えます。
次に来られるのは何年後かわかりませんが、あらゆるものが変わっているでしょう
<中略>
何が無くなるかは無くなってみないとわからない
時間は巻き戻せません
時は19世紀、南下するロシアとイギリスが衝突したクリミア戦争の直後で、中央アジア地域をロシアが虎視眈々と狙っていた時代です。スミスはそれを念頭にしていますが、現代ではさらに重く捉えられるセリフです。
各地を旅する途中、スミスはアラル海の辺りで双子の少女に出会います。その土地の人々はアラル海で漁をして生活を立て、少女たちも泳ぎをなにより得意にしています。青々と水をたたえたアラル海を泳ぐシーンは、絵の精緻なことも相まってとても印象的です。
しかし、現代においてはもうこの光景は存在しません。20世紀半ばからの無理な灌漑工事によりアラル海は干上がり、塩分濃度が上昇し、魚の棲めない湖になってしまいました。もちろん漁業も壊滅しています。
なにが無くなるかは無くなってみないとわからない、まさか海が消えてなくなってしまうとは、誰も思わなかったはずです。
さらに、またもスミスが訪れるペルシアでは、まさしく香るような優雅な文明が息づいている描写があります。これも現代となっては、たとえイラン情勢がどう転がったとしても、もはや見ることは叶わないでしょう。
もはや失われて、存在しないはずの風景についてリアリティをもって描く、というのは膨大な資料にあたって入念に調査をしなければできことです。
作品の没入感を高めているのは、この失われたものに対する、哀愁をもったリアリティではないでしょうか。
行ってみたいな中央アジア
この漫画読んだら行きたくなりますよね、中央アジア。
舞台はカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスの中央アジア四カ国に加え、イランやトルコまで含まれており、全部回るとそれこそスミス並みの長い旅になりそうですが、ひとまずウズベキスタンに行ってみたいですね。
ウズベキスタンは近年では日本からの観光でも人気な場所のようで、調べてみるとかなり情報が出てきます。首都タシケントまでは成田から直行便が出ていて、9時間ほどで着くそうです。ヨーロッパより若干近いくらいですね。
追加: あとがきについて
乙嫁語りを読み進める中で、もう一つ楽しみがありました。それは作者のあとがきです。
その巻にちなんだトピックが漫画で描かれており、取り留めのない内容なのですが、作者による中央アジア紀行が載っていたり、毎巻楽しめる内容でした。
次はシャーリーを読もうと思います。
