僕が宗教都市で修行した話
「目に見えないものとの対話 - 天理市での3年間が教えてくれたこと」
持病の頭痛に悩まされ、人生の岐路に立っていた8年前。当時の上司の一言がきっかけで、僕は奈良県の天理市へと足を踏み入れることになった。当初は3ヶ月の予定だったその滞在が、気づけば3年間の修業へと変わっていた。
信仰とは無縁だった僕が、なぜ天理教の本部で学ぶことになったのか。そして、その経験が今の僕の人生をどう形作ったのか。これは単なる宗教体験の話ではなく、「目に見えないもの」と向き合った一人の人間の変容の記録として読んでほしい。
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偶然が導いた天理の地へ

僕が天理市を訪れたのは、ある意味で偶然だった。当時勤めていた会社の社長が天理教の信者で、僕の持病の頭痛について相談したところ
「一度、天理に行ってみないか」
と勧められたのだ。
僕自身は特定の宗教を信仰していなかった。むしろ懐疑的だったと言ってもいい。しかし、頭痛との長い闘いに疲れ果てていた僕はなぜかでその提案を受け入れた。
最初は3ヶ月の予定だった。「どうしてこうなった?」という気持ちだったのを覚えている。
刺々しい心と優しい人々

天理市に到着した当初の僕は、とにかく刺々しかった。持病のつらさと人生に対する焦り、社会人生活でうまくいかない現実…すべてが僕を硬く、とげとげしくさせていた。
学生時代はスポーツで結果を出し、就職活動も学部で一番に内定を決めた。そんな「勝ち組」だったはずの僕が、なぜこんな状況に追い込まれているのか。持病を恨み、人生そのものを投げ出そうとしたことも何度もあった。
そんな僕を迎えてくれたのは、想像を遥かに超える人の温かさだった。天理教の信者の方々は、同じ人間なのかと思うほど親身に寄り添ってくれた。
自分以上に苦労している方々が、僕にめちゃくちゃ親切にしてくれる。
その理由が当時の僕には理解できなかった。
「目に見えないもの」への興味

持病の頭痛—それは目に見えない敵だった。医学的に明確な原因が特定できず、ただ耐え難い激痛だけが確かに存在する。その「目に見えないもの」との闘いが、僕を別の「目に見えないもの」への探求へと導いたのだろう。
天理教の教理に触れるうちに、僕は宗教学そのものに強い興味を持つようになった。当初の3ヶ月の予定は自らの申し出で延長し、ついには天理教の専門学校のようなところに通うまでになった。そこで2年間、真剣に教理を学び、論文まで書いた。
信仰というよりは、人間の精神や思想、目に見えない世界の探求が僕を魅了したのだと思う。
千と千尋の世界のような異空間

天理市は、まるで別世界のような空間だった。本当に「千と千尋の神隠し」の世界に迷い込んだのではないかと思うほど。時間の流れもゆったりとしていて、日常の喧騒から切り離されたような感覚があった。
街には驚くほど多くの外国人がいて、様々な国の言葉や文化に触れる機会もあった。建物の雰囲気、街の空気感、すべてが特別な体験だった。

そして、忘れられないのは天理の食だ。特にスタミナラーメンは格別だった(ニンニクの匂いは半端ないが)。精神だけでなく、身体も満たされる場所だったのだ。

今に活きる3年間の学び

天理市での3年間は、僕の人生の転機となった。宗教そのものを信仰するようになったわけではないが、そこで学んだ言葉や考え方は、今でも僕の生活の中で生きている。
あの頃の刺々しかった青年は、いつしか家族を持ち、別の形で人生と向き合うようになった。持病との付き合い方も変わった。「導かれるべくして導かれた」—今ならその言葉の意味が理解できる。
宗教の勧誘をするつもりはない。ただ、人生には時に思いがけない道があり、そこに足を踏み入れる勇気が、新たな自分との出会いにつながることがある。そんなことを、この経験から伝えたいと思う。
天理での具体的な体験や学びについては、また別の機会に書きたいと思う。でも、機会があれば、宗教云々抜きにあの空間を体感してみてほしい。きっと何かを感じることができるはずだ。
最後に

読者の皆さんも、人生で予期せぬ選択を迫られることがあるかもしれない。その時、少しでも心の余裕があれば、未知の道に一歩踏み出してみてほしい。そこには、思いもよらない発見や成長のチャンスが待っているかもしれないのだから。
