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制約が多い現代においてブランディングを成功させる鍵とは?|「日本タイポグラフィ年鑑2026グランプリ」スペシャルトーク

人吉温泉 あゆの里」で日本タイポグラフィ年鑑2026のグランプリを受賞した茂村巨利さんと、出版委員会委員長・中野豪雄さんのトークイベントが2026年5月20日に竹尾 見本帖本店同ビル会場で開催されました。徹底的なリサーチから導き出されたロゴや、現代的なブランディングの鍵など、貴重なトーク内容をお届けします。

出演(敬称略)

茂村巨利
1969年福岡県生。九州産業大学デザイン科卒。山口至剛氏に師事し、茂村巨利デザイン事務所を設立。タイポグラフィを基盤にブランディング構築とコミュニケーションデザインを展開。主な賞歴に、CREATION AWARD[優秀賞]、西日本新聞広告大賞[西日本シティ銀行賞]、広告電通賞[九州地区優秀賞]、全国カレンダー展[文部科学大臣賞]、福岡広告協会賞SP部門[銀賞]、福岡デザインアワード[特別部門賞]、九州ADC AWARD[ベスト9賞]、造本装幀コンクール[読者推進運動協議会賞]、世界水泳選手権福岡大会おもてなしロゴ[最優秀事業者]、日本タイポグラフィ2019[グランプリ]。九州ADC委員。NPO法人 日本タイポグラフィ協会・理事。

中野豪雄
1977年生まれ。武蔵野美術大学卒業、勝井デザイン事務所を経て、現在中野デザイン事務所代表。情報の構造化と文脈の可視化を主題に、様々な領域でグラフィックデザインの可能性を探る。主な仕事に印刷博物館・総合リニューアルプロジェクト、宇都宮美術館企画展:視覚の共振・勝井三雄、建築雑誌2012-2013、光村教育図書:新小学国語辞典・漢字辞典などがある。日本タイポグラフィ年鑑グランプリ、造本装幀コンクール経済産業大臣賞等受賞。ブルノ国際グラフィックビエンナーレ、ラハティ国際ポスタービエンナーレ、モスクワ国際グラッフィデザインビエンナーレ等入選。書芸博物館(韓国)パーマネントコレクション。NP0法人 日本タイポグラフィ協会・理事。武蔵野美術大学教授。



中野:
日本タイポグラフィ協会は元々は日本レタリング協会という名称で1964年に発足しました。その後、1971年に日本タイポグラフィ協会と名称を改めて、タイポグラフィ年鑑は1976年から発行を続けて今回で47冊目になります。国内には様々なデザインのコンペティションがありますがその中でもかなり歴史が長い方に位置すると思います。2026年の出品総数は2,101点で、そのうち480点が入選しました。学生部門を除くと全部で10の部門があり、13人の審査委員が審査を行います。各部門で1〜3点ほどベストワーク賞を決めた後に、ベストワーク賞の中からグランプリの1点を決める方式で審査会が進行し、この度茂村さんの作品がグランプリを受賞しました。書籍『日本タイポグラフィ年鑑2026』には茂村さんのインタビュー記事と、入選・グランプリの全作品が収録されています。

デザイナーの手を離れても自立するブランド

茂村:
グランプリをいただいたのは、実は今回が二度目で、2019年の「九州ロゴマーク」が初めてでした。この時はまだコロナ前だったため、東京、大阪、名古屋で制作にまつわる話をしました。九州7県と山口県、沖縄県までを九州とまとめたロゴが欲しいという行政の仕事で、九州経済連のコンペティションで最優秀事業者に選定され、日本タイポグラフィ協会でもグランプリをいただきました。グランプリをいただく前に熊本でくまモンが大ブレイクしていて、それに勝る雰囲気でいけるかなと思っていたら、行政は、マークの使用に規制をかけるためのマニュアル作りや情報の整理に1年くらいかかってしまいました。2019年のラグビーワールドカップ日本大会では九州も試合会場やキャンプ先となり、駅の大型ビジョンなどでかなり大きめにロゴが表示されました。そのほかにもツール・ド・九州という、ツール・ド・フランスの九州版のような大会でもロゴが使用されています。

私の仕事はブランディングが多いのですが、ロゴから発生して、最終的にはブランドが自立していって欲しいと考えています。企業が自由に動けるように、そして私の手を離れてもロゴが崩れないようにレギュレーションやマニュアルをかなり細かく設定するようにしています。例えば色の場合、CMYKとRGBの100色ぐらいのパーセンテージを指定して、それを超えても下回ってもいけない、その場合は白抜きにするなどの指定をします。コーポレートカラーのような既存カラーと違って自由に使用でき、尚且つ崩さないようにするコンセプトで2019年当初から現在まで続いています。
 
今回のグランプリ作品は「人吉温泉 あゆの里」で、熊本県にある球磨川沿いの旅館のプロジェクトです。町の中では大きめの旅館で、すぐ近くに国宝の青井阿蘇神社があります。夜の雰囲気が良く、700年の歴史があった人吉城の跡も見えます。以前はビアガーデンもありましたが、コロナ後にテラスに改装され今は朝ヨガなどが行われています。お城の跡を眺めつつ、朝の光を浴びてヨガをするのは気持ちがいいです。周りを山に囲まれた盆地のため、霧に包まれて朝も夜も真っ白で幻想的な雰囲気になります。露天風呂に入りながら街灯だけの風景を眺めるのも心地よいです。

宿の創業は1941年(昭和16年)で、「あゆの里」が80周年を機にリブランディングを考え始めたのは79年目の年でした。初代の創業者が温泉を掘り当てて宿を作り、川下りや鮎獲りをしていました。近代化の流れで増築しながら鉄筋になり、団体客や慰安旅行でかなり人気の宿になりました。地下にある温泉に魚を入れた水槽を設置するというチャレンジングなことも行なっていたようです。

想定外の過酷な状況でプロジェクトが始まった

80周年の年がちょうど2020年で、皆さんもご存知の通りパンデミックが起こりました。周年どころではない状況で、とりあえず宿として何をするべきか、リブランディングをすることになりました。団体客がいなくなったことで個人客にシフトし、衛生面やソーシャルディスタンスなどについて考え始めたときに、線状降水帯が人吉を襲いました。川が氾濫して全てが水に浸かり、水が引いた後は泥だらけになりました。人吉に現存する27の酒蔵もほとんどがタンクまで全て水に埋まり、青井阿蘇神社も屋根の近くまで水に浸かりました。一日で降った雨の量は川の氾濫流により518ヘクタール、わかりやすく言うと東京ドーム125個分です。当時の若旦那と若女将(現在の会長と社長兼女将)クリエイティブディレクターから、「水害の復興を含めてリブランディングを一緒に考えてほしい」と依頼を受けました。

茂村:
当時は先代の会長がご健在で、若旦那と若女将が新しいことを提案してもなかなか首を縦にふりませんでした。会長は歳を重ねた頑固一徹主義の方で「ブランド」の意味を理解してもらうのも難しかったのですが、経営陣の世代交代が行われ、大女将と若旦那・若女将の主導で、改めてリブランディングをする流れになったのですが、そのタイミングでパンデミックが起こりました。周囲にコンサルやマーケティング関係者がいたそうですが、一括してやってほしいということで我々のチームが引き受けることになりました。
 
中野:
何か特別な目的があったというより、まずは周年を機にリブランディングをしてからその先のことを考える流れだったのですね。

復旧と復興から始まるデザイン

茂村:
人吉には源泉が約50あると言われていて、それぞれ泉質が異なるのですが、温泉も全て浸水してしまいました。復活して性質が変わったところや、やめてしまったところもありますが、だいぶ復活して綺麗になりました。酒蔵も麹菌などの問題があるので大変だったと思いますが復活しました。
あゆの里は人吉では比較的大きな旅館なので、女将にまず「人吉の復興のプラットフォームになりたい」と言われました。そうなると焼酎や温泉の復活など、いろいろなことをしなければいけません。通常のブランディングはロゴ制作に始まりパッケージ展開、ユーザーへのアピール、ブランド育成、リニューアルデザインなどを行いますが、今回はまず壊れたり汚れているところを復旧・修復しなければいけませんでした。それを行なってはじめて旅館のアップデート、つまり通常のブランディングが行えるということです。女将は「復旧・復興はマンパワーやお金があればできる。その先を手伝って欲しい」とよく言っていました。綺麗にすると言ってもあれだけの災害は片付けるだけで半年以上、営業するまで約2年かかります。その間に我々は何を作れるか、何を行うかを考えながら伴走しました。

皆さんが見ているのは氷山の一角(デザイン)で、私が最初に行うのは下調べです。ヒアリングをしたり辞書で調べたりして概念やロジックを作り上げ、はじめて造形・モデリングの段階でデッサン・スケッチが始まります。土台の部分をどれだけ積み上げられるかでデザインの強さに変わると思っています。学生に教える時も、ここをしっかり作ってくれとよく伝えています。長く続くブランディングのためには、ヒストリーとストーリーの構築がとても大事だと思っています。

徹底的なリサーチから導き出されたロゴ

「あゆの里」が人吉のプラットフォームになるためには現在のロゴでは伝わらないとはっきりお伝えし、ロジックを積み上げて、「あゆの里」の屋号だけを残しましょうとプレゼンしました。あゆの言葉の成り立ちを調べると古事記や日本書紀で鮎が勝ち神様や縁起の良いものという逸話があり、大女将に好評でした。また鮎の生態は日本固有で、群れたり単独になったりするのも面白い。さらに魚は吉祥文様ですが、「あゆ」のひらがなの由来を調べると「安」の漢字で安らかやゆっくりといったイメージがあります。

また、人吉のプラットフォームになりたいという目的については「ディスカバー人吉」のロゴを変える必要もありました。「吉」の字は宿場(舎)が由来で、英語のdiscoverは「覆いをとる」「発見する」という意味があります。あゆの里を中旬に東西南北に神社があり、国之水分神(くにのみくまりのかみ)」という神様がいてスピリチュアル的にも良い場所です。このようなことを全て文献で調べてロジックとして構築します。文字の造りや流れについて調べるときは事務所にある字典7冊くらいを使います。壁に貼り出して、連綿(繋がった文字)にした場合どのような流れになるかを考えたり、クライアントの名字の家紋を調べたりもしました。ロジックができてからは、ホームページのアクセス数の目標など思いついたことを1〜2週間の間にメモ書きして、その後大体2〜3日でデッサンをしてロゴを作り上げることが多いです。開始から最終形まで2ヶ月弱くらいで、プレゼンではディスカバー人吉とあゆの里で10案ずつくらい出しました。

中野:
10案も。それぞれ全てにストーリーをつけてプレゼンするのはかなり時間がかかりそうですね。
 
茂村:
最低2時間かかります。聞く方も大変ですが、この時はクライアントも我々のチームとイメージが合っていました。
 
中野:
造形の背後にあるストーリーのベースは同じで、バリエーションが違うということですね。
 
茂村:
プレゼンとしては、人吉を復興させるというブランディングに変わりました。復旧・復興している間にできることを考えたときに、景色は以前と変わらないため、プロモーションムービーを撮り始めました。Webやロゴができると少しずつ動いてきた感じがします。Webデザインでは、スクロールすると「ディスカバー人吉」が出るようにしました。雑誌をめくっているようなデザインで、組版は教科書体とGudrun Zapfさん(Hermann Zapfさんの奥様)がデザインしたDiotima Classicをベースにし、和文は縦組、欧文は横組に設定しました。

非日常への入り口としての暖簾

お宿の塔屋には旧ロゴがありますが、そこを新ロゴに変えるには、お金も時間もかかってしまって容易でありません。そこで、次に出来ることとしてプレゼンしたのが「暖簾(のれん)」です。私は暖簾が好きで研究もしています。暖簾を造る時には「暖簾は結界の美である」という話を必ず伝えます。「スロープの部分に暖簾をかけたら俗世間と聖域に分かれますよね。伊勢神宮のようにお客様が宿に入ったら、日常のストレスを忘れる非日常を作りませんか」と提案しました。はじめは「お客様が来館された姿が見えない」と女将に反対されましたが、復旧復興で一番大事なのはこの暖簾を上げ直すこと、事業をもう一度始めますよというアピールです。私は大学でインテリアを専攻していたのでパースや図面が描けます。5メートルの暖簾を5本、合計25メートルの大暖簾を実際に上げ下げするスタッフと大工さんと一緒に現場で設計を検証しました。またロゴのサイズによって生地に吸い込む「毛細管現象」が起こるので、2ミリくらいの小さいバージョン用に線を太くするなどデザインを調整しました。さらに暖簾が風で飛ばされないように、暖簾を掛けるブラケット(フック)には、ちょうど良いサイズのゴムのブロックを入れて取り外しができる設計にしました。はじめは反対していた女将もとても喜んでくれて、現在では、お客様の撮影スポットとなり、ブランド力のアップにも繋がったと思います。

旅館の売店にオリジナルブランドの物販がなかったのですが、熊本名菓「陣太鼓」の香梅の社長にお声かけをいただきあゆの里のオリジナルパッケージを作ったところ、約1ヶ月で100個完売しました。パンフレットと名刺も作りました。スタッフに外国の方がいてカタカナの名前が長くて通常の名刺のフォーマットに収まらないため50人全員分のデータを作成しました。女将のオリジナルレシピ「おかみの力味噌」を透明シュリンクラベルにリデザインしたり、料理長監修のお出汁のパッケージも変更しました。熊本の老舗百貨店鶴屋の会長がこのデザインを気に入って特設コーナーを作ってくれました。リブランディングを通じてどんどんアップデートしているような感じに変わっていったのは、デザインの力が良い影響を与えていると思います。

現代的なブランディングの鍵とは

中野:
今年の審査会から金のチップ制度を設けたのですが、パッケージデザイナーの粟辻さんがあゆの里に金のチップを入れていました。「デザインの美しさ以上に、ツールの展開を見ているとクライアントとの丁寧なコミュニケーションが透けて見える。造形の向こう側にあるコミュニケーションが伝わってきた」と仰っていて、私も同感です。
 
茂村:
とにかく現場に行くようにしています。例えば焼酎のラベルは貼る作業をする方には気泡が入らず楽に貼れる方法を、暖簾をかけるスタッフには作業がしやすい方法を聞いて、デザインの機能として成り立つかを確認します。

中野:
ブランディングにおいては計画学的な視点で物事を考えていかなければいけないので、必然的に俯瞰的な視点になりますよね。茂村さんはその視点を維持しながらも、現場の人たちとのコミュニケーションを重視しています。言わばトップダウン的な視点とボトムアップ的な視点を横断するプロセスがとても興味深いです。

茂村:
父親が大工の一人棟梁で、子供の頃から現場に連れて行かれていたからかもしれません。現場で起こるイレギュラーにいかに対応できるかですね。現場の人の疲弊感が嫌なので、近年の材料不足やインク代の上昇を予測しながら原価の計算も行います。クライアントファースト、現場ファーストだと思っています。
 
中野:
バブルの時代にCIブームが巻き起こり、資金を投じてブランディングを強化する機運が高まっていた時代がありましたが、当然ながら今はそのような時代ではありません。限られた予算、リソースの中で何ができるのか。目の前の現場にも目を向けながら最適解を探ることが、現代的なブランディングの鍵になると感じました。

茂村:
大事なのはスタッフを含めたクライアントの安心感だと思っています。デザインの美しさは2割で良くて、機能しないと残りの8割は成立しません。全員に機能するツールで、誇りを持てることがブランドのスタートです。そのひとつとして、名札を作るだけでスタッフの意識や感覚は変わってきます。離職率にも影響を及ぼします。「ここに居てもいい」という信頼感や居場所を作ることとして、まずはスタッフの名札と名刺を作ってくださいとクライアントに伝えました。

(協力:日本タイポグラフィ協会株式会社竹尾


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ロゴ・VIの優れた作品を多数掲載!

1969年に『日本レタリング年鑑』としてスタートし、本年度版で通算47冊目の発行。本書は13名の審査委員によって、総出品数2101点から選び抜かれた作品を481点掲載しています。作品は広く海外からも一般公募で受付け、会員から選ばれた審査委員と前年度のグランプリ受賞者による厳正な審査により、全出品作品の中から「グランプリ」1点、部門ごとの「ベストワーク賞」や審査委員が個人の視点で評価の高い作品または作家に贈られる「審査委員賞」が授与されます。タイプフェイス、ロゴタイプ・シンボルマーク、VI、グラフィック、エディトリアル、研究・実験など10のカテゴリーで、タイポグラフィの最新トレンドが俯瞰できます。今年度のグランプリ作品は2100点を超える出品の中で、VI部門から選出。ロゴ部門では過去最大の1138点の出品があり、その中から選ばれた優れた作品を多数掲載しています。

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