親知らずを抜いたら人生が変わった。大学病院で見つけた、人生の伏線
あのときの
歯のうずきがなかったら……
キリリリ……。
ずっと奥歯が痛んでいた。
あわよくば鎮痛剤で
おさまれば……と思っていた。
ところがある時
どうにもこうにも
薬が効かなくなって
歯医者さんに飛び込んだ。
すると
「あ~。親知らずですね」
レントゲンを見ながら
歯医者さんが指をさした。
「これね、ほら、
横に生えてるでしょ?
だからそれが奥歯を
押してるんですよ」
うう。
こんなでかいヤツが
いつの間に……。
「これだと、うちでは治療
できないんですよね〜」
ええ?できない!?
「大学病院に
紹介状を出しますね」
診察を終え
受付で白い封筒をもらった。
あの大学病院か……。
家からは離れているし
時間はかかるし
予約してても
たいてい1日がかり。
休みを取るようだ。
重い腰を上げて
やっと来たのに
大ごとになってしまった。
あ~あ。
これは心して
行くしかないと思った。
当日。
慣れない病院での
長い待ち時間を過ごすために
雑誌を1冊買った。
陰気ったい廊下の椅子にすわり
ペラペラとめくっていると
『あなたも一緒に
紙面を作ってみませんか?』
と、体験募集が出ていた。
ええ?
雑誌の紙面!?
これは応募したい!!!
実は編集者になりたいという
夢があった。
しかし当時は条件もあわず
自ら断念していたのだ。
心はすっかり編集部に奪われた。
かなり時間オーバーで
口腔外科から
お声がかかったけれど
気にもならなかった。
診察台に横になると
顔に白い布がかぶせられた。
口の部分だけ空いていて
振動が頭全体に響いた。
だが不思議と不安はなかった。
応募の文面をどうしようか。
応募要項に
自己アピールは欠かせない。
頭は応募のことで
いっぱいだったからだ。
「終わりましたよ」
ウイ~ンと体を起こされて
口をゆすいで横を見ると
こんなのが
私の口の中にいたの?
と思うほどの
大きな親知らずが
見事に
真っ二つにかち割られて
トレーに無造作に転がっていた。
その後
私の顔は見事に
パンパンに腫れた。
『あなたの顔の形はどの型?
あなたに似合うメイクの方法』
なんてOL雑誌によく出てるけど
ホームベース型だった私の顔は
もはや
『三塁ベースか?』ってぐらい
パンパンだった。
そのころは
マスクをするのは
冬の
インフルエンザシーズンぐらいで
有休も取らずに
電車でこの顔を振りまいて
会社に行っていた私は
ずいぶんな
チャレンジャーだったなと思う。
そして
その代償のように
雑誌社からの
当選のご案内が
ポストにポトッと入っているのを
見たときには
小躍りするほどうれしかった。
·····親知らずを抜いたあとの顔は
真四角に『腫れた』けど
心は明るく『晴れ』わたった。
そして、顔がホームベースに戻ったころ
編集体験の日がやってきた。
あの日
大学病院で見つけた募集が
私を出版社まで連れてきてくれた。
ビルを見上げる。
憧れの雑誌の名前を見つけると
胸が高鳴った。
エレベーターに乗りこみ
ボタンを押した。
そして
開いたドアの先は別世界だった。
ドアはあけ放たれていて
「締め切りは守ってくれないと!」
「まだですか?」
「はい、わかりました」
などと、
電話をしている声が飛び交い
呼び出し音が鳴り響き、
バタバタと
ひっきりなしに人が出入りしていた。
その勢いに飲まれて
私は
入り口で立ち尽くしてしまった。
どうにか
近くにいた男性を捕まえて
担当さんの名前を告げた。
すると
「○○さーん、お客さんですよ」
と、叫んだ。
その声に
机に向かっていた女性が
顔を上げた。
「こちらにどうぞ」
と案内されて
背中を追いながら歩いていく。
私の憧れの仕事をしている人……。
担当さんは
キラキラして見えた。
奥の静まり返った会議室に着くと
担当さんがあらためて口を開いた。
「当選おめでとうございます。
今回は『OLの恋愛事情』という
見開き2ページを
作っていただきたいと思います」
続けて
「まずは生の声が大切なので
街頭インタビューに行きましょう」
と、マイクと録音機を準備し始めた。
タクシーに乗り
にわか編集者となった私は
ドキドキとワクワクで
胸がいっぱいだった。
そしてあっという間に
若者に人気な街の
シンボル的なビルに停車した。
何度も歩いた街なのに
その日は
景色が変わって見えた。
タクシーから降りると
担当さんが
「ここにしましょうか」
と立ち止まった場所は
テレビの街頭インタビューで
よく目にする場所だった。
「すみません
お話を聞かせていただけませんか?」
と、ビルから出てくる女性に
マイクを向けて
担当さんが
さっそくお手本を見せてくれた。
2、3人に話をすると
「じゃあ、がんばってね。
自由に楽しくやってみてね」
と、担当さんからマイクを渡された。
今日だけは
雑誌の名前を背負って街に立った。
当時コールセンターで
働いていたので
人に話しかけることには
抵抗がなかった。
話してくれそうな人に
声をかけては
「今の彼とは
どうやって知り合ったんですか?」
「元カレとは
どうして別れたのですか?」
を、ごく自然な会話の中に
織り交ぜながら
一人一人から
恋愛の話を聞かせてもらった。
ビギナーズラックもあってか
たくさんの人が足を止めて
話を聞かせてくれた。
「よし!」
手応えもある。
なんてったって楽しい!
めちゃくちゃ
テンションが上がった。
しかし、
編集部に戻って
テープ起こしをしてみると
見開き2ページを埋めるには
話のボリュームが
まったく足りなかった。
担当さんから
「自分の経験はもちろんのこと
お友だちにも
電話で取材してみてくださいね」
と、助言をもらった。
あっという間の一日だった。
帰りの電車に揺られながら
すぐさまアドレス帳を開いた。
この宿題に
協力してくれそうな友人の顔が
次々に浮かんだ。
その中で
一番初めに電話をしたのは
結婚式以来ご無沙汰している
大学時代の友人だった。
久しぶりの電話の先には
懐かしい声がいた。
「どうよ?新婚生活は。
落ち着いてきた?」
と聞くと
「おかげさまで」
と、幸せそうな声が返ってきた。
事情を話して取材をお願いすると
快く引き受けてくれた。
学生時代に
聞いていた恋愛の断片を
時を経て改めて聞いていると
まるで
当時に戻ったようで
おおいに盛り上がった。
また、夫となった彼とのなれそめも
結婚式では聞けなかった裏話が
たくさん飛び出して
気が付けば
取材を忘れるほどの
楽しい時間になっていた。
ほっと一息つくと、
「最近どう?彼氏は?」
と今度は友人から
逆インタビューされてしまった。
友人は少し間をおいて言った。
「よかったらなんだけど……。
夫の弟と会ってみない?」
「え?実は私ね……」
気がつけば取材の電話は
すっかり私の恋愛相談へと
変わっていた。
その後も取材をすすめ
締め切りまでに
原稿をまとめてFAXで送った。
何度かやり取りをすると
ゲラが届いた。
見ると私のつたない原稿が
担当さんの手で
見違えるような紙面になっていた。
協力してくれた方々に
納得してもらえるような
特集になっていて
「これがプロの仕事なんだ」
と、ジーンとした。
ひと月後。
出来上がった雑誌が
編集部から直接届いた。
その後
あのとき電話をした友人は……
今では私の義姉になっている。
人生は
何がきっかけになるかわからない。
親知らず
痛んでくれて……ありがとう。
――――――
あなたが思う
今日の『ついていない』も
未来から見たら何かの
伏線になっているかもよ。
200冊の日記を解禁し、あの日の「まさか」が今の私につながっていることを、少しずつ掘り起こしています。また読みに来てね。
