賢者の贈り物〜骨董商の一夜から〜
前回いいね下さった皆々、勢いに時間を乗せて書き直してみました。
おやじ、おいらの命できるだけ高く買い取ってくれよ。
なんたって子どもがそんなことを云う、帰りな、ここは坊ずの近寄るような場所じゃねぇよ。ましてや、命を買い取ってくれときた、生意気坊ずが生意気云っちゃしめぇだい。
うるせぇ、おいらはお客だぞぅ。で、いくらで買ってくれんだ。
確かにここは、どんなもんでも買い取ってやる骨董商さ、けどなぁ、ここじゃあ、お客が要らなくなったもんを買い取ってんじゃねぇんだ。お客が手前の大事なもんを売ってまで、なんとか金を工面しようって、そういう連中の魂こもったもんが集まってんのさ。酸いも甘いも知らねぇ坊やが売り込めるもんなんてねぇよ、さっさと帰ぇんな。
……おいら、もうすぐ死んじまうんだ。おっかあは口じゃ云わねぇけど、目にかいてあんだ、だって夜な夜な泣くんだぜ、ごめんよぉって。
そんな坊やがなんたって、手前の命売ろうってんだい。聞いたところじゃあ、誰も一文の得もしやしねぇようだがね。そんくらいなら、ただの1秒でも永く生きてみせて、母ちゃん笑わせてやんのが孝行ってもんだろうさ。
……だって、おいら自分が許せないんだ、おっかあを泣かせてばっかり、迷惑かけてばっかりなんだ、おっかあを一人させちまうこの身体がどうしたって許せねぇんだ。おいらのおっとうは、おいらがガキの頃に死んだんだって、名前も知れねぇ他の家の子庇って、事故で死んだんだって。おいら、おっとうの顔見たことねぇ。でもおっかあが、あんたの父ちゃんは江戸っ子なんだって、人様の子でもほっとけねぇような馬鹿な人なんだって、哀しい顔して、それでも笑って云うからよう、おいらだってどうせ無くなる命なら……
分んねぇな
おいらをガキの頃から診てくれてる養生所に、同い年くれぇのやつが入って来たんだ、話したことねぇから名前はしらねぇけど。
なんだい、惚れちまったんじゃねぇかい
……分かんねぇよ、でもそうだ、たったの一回、一回きりだけど、そいつと話したことがあるんだ。私ね、もうすぐでお迎えが来ちゃうんだって、お星様になるんだって。おいら、どうしようないくらいに、心の臓がキュッてなって、死なせてやりたくねぇ、そう云うやつには目一杯笑ってて欲しいって、そいつの笑った顔見てると、哀しいくなるんだ、こいつもおっかあと同じなのかって、手前を思ってくれてる人の前じゃ哀しい面見せたくねぇんだなって。
それでお前さん、そいつをしなせたくねぇから、命を売って、その分の金で、そいつに命を買ってもらいてぇって、そう云うわけかい。人助けの為に死にてぇなんて、生意気にご立派なもんじゃねぇか。
そんなんじゃねぇよ、ただ、おいらはただ救われたいだけなんだ、このまま死んだんじゃあ、おいら母ちゃんを悲しませただけの不孝もんだ、あっちで、おっとうに顔向けできねぇ。おあら、最期の最期に男になりてぇんだ、おいらは江戸っ子の子なんだよ、そうなりてぇんだよ。
そんじゃあ、残されたお前の母ちゃんはどうなるよ、良人にも死なれて、手前の可愛い息子にも死なれたら、お前さんはただ生意気いってるだけじゃあねぇか、男を吠えてるだけさ、本当に男ってのは、決っして女に涙させねぇ野郎のことじゃあねぇのかい。
分かってるよ、そんなこと、分かってんだよ。それでも、おいら忘れられねぇんだ、あの時の、おっとうの話をしてる時のおっかあの笑った顔が、消えてくれねぇんだ。また、もう一回見てみてぇんだよ、笑って欲しいんだよ。
その為だったら、人様に手前の命、くれてやってもいいってのかい。
……うん。
後悔しねぇか
……うん。おいらおっとうの子どもだもの。
そうかい、ならお前さんを坊やとは呼ばねぇよ、男と見込んで云うからよく聞きな。いくらうちが骨董商だからって、命ほど重いもんはないんだよ、こっちにも準備ってもんがある、明日の丑三つ時に、またここに来な、それでも心変わらずいられたらの話だけどね。話は終わりさ、さぁもう帰んな、何も云わなくていいよ、母ちゃんの処に帰ってやんな。
……泣くんじゃねぇよ。まったく、あんたの息子は大層立派なもんじゃあねぇか、手前の母ちゃん泣かせねぇように、人様の為に命をくれてやるってんだから。この仕事もそれなりやってきたが、そんなことを云って来たのは、二人目だ。だから涙を仕舞っちまいな、あの坊やは、いやあんたの息子は、あんたと同じことしたんだから、あんたも立派な母ちゃんさ。あいつがまた来たら、覚悟を決めてまた来たんなら、俺はあんたの息子の命を買い取るよ、男と男の約束さ、その金であんたの命を買うかは知りゃしないがね。口惜しいもんだな愛って云うやつは。今夜が雨でよかった。
