「好き」は嵐を越えて、概念になった。
「好き」は、どうやら持ち方を変えれば、ちゃんと自分のなかに残しておけるらしい。
ギュッと握りしめてるうちは痛かったけど、ふわっと両手で包むように持ってみたら──不思議と心が軽くなったんだ。
今でも、彼のことは好き。
でも、それはもう「手に入れたい」とか「わかってほしい」みたいな形じゃない。
ただ、そこにいてくれたらいいなって思う、そんな感じ。
いてくれたら、ちょっと嬉しい。
いなくなったら、さみしい。
それくらいでいいの。
なんだか彼は最初からそんな感じだったのかな、って見えてきて、どこか負けた気がする(笑)
昔のわたしなら、「返事がない!」「気持ちが伝わらない!」って夜中に感情ジェットコースターに乗ってたけど(笑)、今はもう、観覧車くらいのゆったりペースになった。
三日月のペンダントを買ったのも、気持ちの切り替えの象徴。
夜空を見上げて「まぁ、そういうこともあるよね」って思えるようになった自分に、ちょっとびっくりしてる🌛
アカウント名の🌛は新しいわたし、切り替えたわたしの象徴の証。
この感覚、なんて言えばいいんだろう。
恋でも、友情でも、家族愛でもない。
でも、ちゃんと「愛」はそこにある。
関われるだけでいい。
それが、今のわたしの「好き」のかたち。
わたしの中に、ちゃんと「好き」が残ってる。
今は、それがなんだか、誇らしい。
わたしはやっぱり変わってるんだと思う。
でも、それでいいんだ。
………彼にnoteを見られたら恥ずかしいけど、noteを消したら全部なかったことになるみたいで嫌だから残しておく。
…頼むから、見ないでください!!(笑)
