”自分の体と心が本当に喜ぶこと”を続けること
未来のためにまずできることって、”自分の体と心が本当に喜ぶこと”を続けることかなあって。
そうしていれば、少なくとも、地球上の私っていう人間1人は、病気とかにならないで、働いて、多少の経済活動をすることができるから。
私の体と心が本当に喜ぶことを知ったのは、もう何十年も前。その”あること”は、実は子供のころは嫌いだったこと。けどね、今考えてみると嫌いだった理由がとってもわかる。
私は、団体行動が苦しい人。だから学校が嫌いだった。そして、小学校とか中学校で行く登山は、地獄だった。苦しいからって、遅く歩く勇気もない。とにかく前の人にくっついて歩いた。1人で止まって休憩する勇気もない。疲れてなくてもみんなと一緒に休憩しなくちゃいけない。登山というよりも”団体行動”が、嫌だったんだろうね。
けどね、会社員時代に友人と行った雪のウォーキングはなんだか違ってた。確か、会社の同期の女の子が、雪の中を歩くツアーっていうのを見つけてきて、仲良し同期グループで行ったんだよね。真っ白な雪で覆われている栂池を歩くツアー、まずあの美しすぎる雪景色、そしてふっかふかの雪を歩く体験。雪の中を1日中歩いて、遊んで、へっとへとになっていただく温かい食事。私の大好きなものばかりが散らばっている、私にとって玉手箱を開いたような時間だった。
一番びっくりしたことは、その翌日の自分の顔がかわいかったこと。今でもたまに、こんな自分と出会う。それは、もちろん、山に行って帰ってきたあとで、自分の体と心が本当に喜んでいるときの自分の顔。
世界中の人が自分が何で喜ぶかを知って、そのことを続けることができたら、いいなあって。
私は、本当にラッキー。自分の体と心が喜ぶ山歩きと出会うことができたから。栂池でお世話になった人たちの山小屋で働き、それから惹かれるままに、日本の山、世界の山に行ってみた。たぶんね、自分の意志で山に行くってことを初めてから、自分の心が本当に望むことがわかってきたのかも。だから、自分が居心地がいいと思えるイギリスで20年近く生きることになったのかな。自分が好きなことに基づいて、毎日の小さい選択を積み上げていく大切さ。
私には山歩きだったけど、世界中の人それぞれの”私にとっての山歩き”みたいなものがあるんだろうな。自分で自分が輝いて見える何かをみんなが見つけて、幸せな人が増える。そうすれば、絶対にいい未来になる。

