メディアを乗り換えるのも編集
ここ1年ほど、「編集」という言葉、
概念、その方法について学びを進めて
いるところだというのは、ここでも
何度か取り上げてきました。
知れば知るほど奥が深く、
学べば学ぶほど更にもっと学ぶべき
ことが増えていく。
そのような感覚を覚えなくもない
今日この頃。
手元に、正に文字通りの
「ハンドブック」として、
編集工学研究所を立ち上げた
松岡正剛さんの書籍を備えて、
時折眺めるようにしています。
昨日『知の編集工学』をパラパラと
読んでいた折には、
正剛さんが幼い頃から絵本が大好きで、
その後世界の名作全集の類を読み漁った
エピソードの後に書かれていた、
以下の部分が気になりました。
岩波文庫で七冊にもおよぶユーゴーの『レ・ミゼラブル』が、なぜたった数十ページの絵本になるのだろうか。編集的情報圧縮がおこっているからである。巧みなダイジェストなのである。では、その『レ・ミゼラブル』は、なぜ二時間の演劇やミュージカルに転生できるのか。編集可能性が行使されたからだ。
『レ・ミゼラブル』に限らず、
名作と言われる作品たちは、
とっかえひっかえ様々な形態、
言い換えれば「メディア」を通じて
姿形を変えて我々に届けられます。
絵本だったら5分、10分で読めるでしょう。
これが文庫の全集で七冊ともなれば、
数時間、下手すると10時間を超えるかも
しれませんね。
映画や演劇、ミュージカルとなると、
概ね2時間前後の長さに調整することと
なるのに違いありません。
更には、『100分de名著』のような
シリーズとして出されたら、文字通り
100分で読める長さになるはず。
このように、メディアの特性に応じて
コンテンツの収縮が行われるのですが、
その収縮こそが「編集」だということを
正剛さんは指摘したのです。
編集によって長くも短くもなるのに、
どれも同じ『レ・ミゼラブル』で
あり続ける必要があるということは、
編集する人がそのコンテンツの
「本質」をしっかり掴んで離さない
ことが重要となるでしょう。
その上で、本質でない部分は削ぎ落し、
本質をより際立たせるような演出を
加えてメッセージ性を立たせるなり
ドラマ性を加えて感情を揺さぶると
いった仕掛けを行うのです。
「編集的情報圧縮」
「編集可能性の行使」
マーケティングの仕事に際しても、
こうした「編集」が普段から頻繁に
行われており、その手腕を磨いて
おくことが求められるところ。
特にコミュニケーションの仕事は、
伝えたいメッセージを
・誰に対して
・どのメディアで
・どんなタイミングで
伝えるかを設計する必要があり、
成功するか否かは正に
「編集の匙加減」次第であると
言えるでしょう。
これからも、「編集」能力を
しっかり磨き続けていきたいと
思います。
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己に磨きをかけるための投資に回させていただき、よりよい記事を創作し続けるべく精進致します。