1990年⑤2月22日ブリュッセルで迷子【女子大生ヨーロッパ32日間バックパックひとり旅】
※本稿は、1990年に大学生だった私が、2月21日から3月24日の32日間バックパックでヨーロッパを旅した時のエピソードです(第5話)。旅の間に書いていた旅日記のオリジナルは2026年時点で行方不明ですが、その日記をもとにした原稿が残っていました。旅に慣れて写真が増えるのと反比例して文章量が減っていくその原稿をnote用に編集し、ところどころ2026年の私が突っ込み注釈[*]を入れつつ、ゆるっと投稿します※
この旅に出るまで、ベルギー Belgiumという国にはあまり馴染みがなかった。
“小さい国”という印象しかなく、あの小便小僧がブリュッセルに立っていることさえ、この旅行の計画を立てるまでろくに知らなかったほどだ。
しかし、この旅で出会った人々や風景のおかげで、ベルギーは私にとって今も最も印象の良い国の1つとして思い出に残っている。
ベルギーは小さな国である。面積約3万㎢に約1000万人の人々が住んでいる。
(*2025年頃のベルギーの人口は1183万人とのことです)
通貨はベルギーフランで、補助単位はサンチームである。私が行ったときは、1USドルが約32ベルギーフラン(BF)だった。
(*1990年2-3月当時、1BFは約4円くらい)
ブリュッセルでは、主にフランス語とオランダ語(フラマン語)が話されている。
ブリュッセルで道に迷って
ブリュッセル南駅 Brussels Midi/Zuidに降り立った私は、なんとなく焦っていた。
バックパックを背負った日本人の女の子が、いかにも勝手の分からない様子でうろうろぐずぐずしていたら、あっという間に悪い人に目をつけられてしまうと思っていたのだ。
この焦燥感は、このあと、新しい街にひとりで降り立つたびに私を襲い、日程の半分を消化したころにも消えなかった。
(*今日の記事は「道に迷った」というだけの話になっています。ヨーロッパに着いて最初の10日ほど、つまり旅の3分の1ほどは道に迷ってばかりでした)
まず、両替をしなければいけない。
あいにく南駅のインフォメーションには係員がいなかった。
仕方がない。
近くの銀行を探そうと駅の外に出たが、いくぶん人通りの少ない埃っぽい街並みにひるんで、また駅の中に引っ込んでしまった。
しばらく駅の中を行ったり来たりしたあと、同じようにバックパックを背負ったふたり連れの男性を見つけ、フランス語で「英語は話せるか」と話しかけた。
「話せる」という返事を聞くと、私は荷物を肩から降ろし、とりあえず座った。
(*当時のヨーロッパには、日本人だけでなくさまざまな国のバックパッカーがいました)
「まず…両替できる場所を教えてほしい」
ふたりのうち髭を生やした方が、周りの人に何か訊き、教えてくれた。
私は言われた通りの場所へ行き、両替を済ませた。
係の人は不愛想だし、両替率も悪かった。
また彼らのところに戻り
「グランプラス (Grand Place)への行き方を教えてほしいんだけど…」
と聞く。
今度はよくわからないと言う。
「そこに交番があるから、そこで訊け」という返事だった。
(*手元の原稿にはこう書いてあるのですが、本当に1990年当時、ブリュッセルに「交番」があったのか確証が持てません)
交番にいたおまわりさんに「英語は話せるか」と訊くと、肩をすくめて首を振る。
(*あったみたいですね、交番…)
困ったな。
しかし、すぐに「ちょっと待て」と言って(?)誰か奥にいる人を呼んでくれた。出てきた男性は英語が話せるらしい。
「グランプラスへ行きたいんだけど」
「トラム(路面電車)へ乗って行け」
そう言うと、切符をどこで買うか、いくらか、何番に乗るかを教えてくれた。
少し聞き取りにくかったが、彼を呼んでくれたおまわりさんは、私たちのやりとりを満足そうにニコニコして聞いていた。
教えられた場所へ行って、切符(35BF)を買う。
(*当時のレートで148円くらい)
念のためと思って、グランプラスへ行くトラムの乗り場番号を訊くと、おじさんは不機嫌そうに窓口の横に貼ってある紙を指さす。
3つの数字が書いてあるが、困ったことに交番で聞いたのと違う。
迷ったけれど、おじさんの言う方に乗ることに決めた。
(*なんでおまわりさんの方を信じないかな…)
乗り場に行くと、10人くらいの人がトラムを待っていた。
視線を感じて居心地が悪い。
間の悪さを誤魔化すように、そばの掲示板に貼ってあった路線図を見た。
「うん、大丈夫。グランプラスはここだから、この番号かこの番号に乗れば行けるはず…」
しばらく待つとトラムがやって来た。
やはり不安。
でも意を決して乗ってみる。
トラムの中は天井が低くて、わりあい暗い。
犬を連れたおばさんや小さな男の子が珍しそうに、大きなカバンを背負った私を見ている。日本人はこのあたりにはあまり現れないのだろう。
とにかくグランプラスらしきところが見えたら降りなければならない。
窓の外に注意し、降りるときのために他の人の降り方もよく見ておかなければ。
トラムの車内には日本のバスのようにボタンがあって、次のストップ(停留所)で降りたいときはそれを押す。
すると、ボタンのところに(たぶん)「降りる人がいますよ」というメッセージが出る。
トラムが停車すると、ドアの横のボタンを押してドアを開け、降りていく。
「確か4つ目か5つ目で降りるんだったよな」と思いつつ、私は窓の外を見ていたが、いつまで経ってもそれらしい感じがしてこない。
(*2026年現在Google先生に聞くと、南駅からグランプラスまでは地下鉄に5分ほど乗り、さらに5分ほど歩けば到着するようです。2025年の旅でも迷わなかったのに、どうして大学生の私はこんなに迷ってしまったのでしょう。やっぱりGoogle先生がいないとダメなのかな…)
どうしよう。間違ったかな。
だんだん自信がなくなり、不安になってくる。
…えい、降りちゃえ。
わけのわからない遠いところに連れて行かれるよりはと私はとりあえずトラムを降りた。
降りたはいいが、ここはいったいどこだろう。
右も左もわからないし、街の中心という感じもまったくしない。
こういうときは、人に訊くのが一番だ。
ちょうど、交差点のガードレールに座ってイヤホンで音楽を聴きながら私を見ていた女の子と目が合った。
「ここはどこなの?」
地図を見せながら尋ねると、女の子はその地図をくるくる回して見ていたが、やがて地図からはみ出たところに指で丸を描いた。
「?!」
私はまったく見当違いのところに来てしまったらしい。
とにかく、街の中心グランプラス近辺に行かなくては。
まだ今夜の宿も決まっていないのに。
(*ギャンブルすぎるだろ…)
女の子は英語はわからないというし、四苦八苦して問答しているところに、ベビーカーを押して煙草をくわえた(!)女性が通りかかった。
「どうかした?」
彼女は英語も話せるらしい。
「グランプラスへ行きたいの」
「だったら、あそこのストップで79番のトラムに乗ればいいわ。そう、道路を渡ったそこのストップよ」
(*79番というのは当時の路線図に見当たらないので、97番の間違いかもしれません)
よかったぁ。今度は大丈夫だ。
ところが、待てど暮らせど79番は来ない。
おかしいなぁ。
私がここに来たとき、待っていた人たちはもうみんな、それぞれの番号のトラムに乗って行ってしまったというのに。
そこで、ストップの看板をよく見ると、ここは79番は停まらないことになっているではないか。
えーーーっ?!どうしよう。
通行人は珍しそうに私を見る。車の中の人も、信号停止の間じゅう、じっとこっちを見ている。
ここはベルギーだもの。日本人なんてひとりも見当たらない。パリにはあんなにうじゃうじゃいたのに。
(*言い方)
それにこの大きな荷物。
そのうえ、きっと私は、雨の中に捨てられた子犬より情けない顔をしていたに違いない。
だめだ、とにかく歩こう。
そう決心してもう一度地図をにらみ、むなしく歩いてみる。
余計に訳が分からなくなり、もう街並みが涙で歪んで見える。
こんなところで、私、どうなっちゃうんだろう。
今夜どこで寝ればいいの?
もう頭の中は、死ぬんじゃないかと思うくらいパニックだった。
(*まったく…。宿くらい事前に確保しようぜ。⑥に続きます)
