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35年で変わったこと・変わらないこと|1990年と2025年のヨーロッパひとり旅比較

私はこれまで2回、ヨーロッパをバックパックで旅した。2025年2月22日~4月9日の47日間と、1990年2月21日~3月24日の32日間だ。

35年を隔てたとき、ヨーロッパとそこでの旅が、私にはどんなふうに違って見えたか、変わらなかったことは何なのかを綴ってみようと思う。
とはいえ1990年の記憶や記録は断片的だし、抱いた印象はかなり主観的であることをまず断っておきたい。「そういう見え方もあるのねー」くらいに思っていただけるとありがたい。

オーバーツーリズムに伴う変化

まずはオーバーツーリズム。
日本でも最近インバウンドとそれにまつわる問題が話題にのぼるが、ヨーロッパももちろん観光客の数は非常に多い。なにせ世界遺産の宝庫だ。観光客が多すぎて、バルセロナやヴェネツィアではデモや様々な制限にもつながっている。
1990年の旅の記憶にはないが、2025年の旅では経験したことのうち、観光客が増加したためと思われるものに以下がある。

  1. 予約制

  2. 行列

  3. 税金を含む滞在費用の高騰

1.観光施設の入場は「予約」が主流

ヨーロッパで人気の観光スポットは、ほぼ予約必須である。そしてオンラインで予約したら、当日に見せるチケットは紙ではなくスマホで表示する電子チケット(アプリだったりメール添付のファイルだったり)。それが2025年のスタンダードになっていた。

私も、バチカン博物館やサグラダファミリアなど、どうしても訪れたい場所は事前に予約をして行った。
一方、予約をしていなかったために入場を諦めたところもある。例えばバルセロナのグエル公園。
気づいた時には時すでに遅しで予約が取れなかった。それでも諦めきれずに「予約しなくても入れてくれるかも?」と入口のところまで行ってみたが、やはりダメだった…。
また、アムステルダムのゴッホ美術館も、2日前にオンライン予約を見た時にはすべて予約が埋まり、空いている時間枠がなかった(予約できたとしても、発熱したのでいずれにせよ行けなかったが)。

行きたいところが決まっている場合は、早めに予約確保するのがおすすめだ。
ただイタリアの場合は「予約料」というのがあって、予約なしの入場ならばかからない料金を払うことになる。例えばウフィツィ美術館は、私が行った時の予約料は4.00€だった。
もっとも私の場合、聴覚障害者なので、日本の障害者手帳で入場料自体は無料になったのだが…。日本の障害者手帳が使えた観光施設については、↓のブログ記事でまとめたので、よろしければご覧ください。

実体験【ヨーロッパ旅行】日本の障害者手帳で障害者割引を使えた観光スポット10か所

2.行列

予約さえすれば、入口でチケットを見せてスッと入れるかというと、そうとも限らない。
予約をしていても入場まで列に並ぶ場合がある。
パリのオランジュリー美術館は、予約をしている人としていない人で列が分かれていた。

2025年4月初めはそれほど混んでいませんでした

オランジュリー美術館の場合は、予約ありの列の方が進むのが早かったが、カオスだったのはバチカン博物館。
列が4列以上あり、どれに並べばよいかわからない。予約していることを係員に告げ指示されたとおり『予約あり』の列に並んだが、あまりに長い。途中で不安になって別の係員に確認すると「これは予約なしの列だから、あっちに並び直して」と言われたこともあった。
バチカン市国では、サンピエトロ大聖堂のクーポラにも上ったが、チケット売り場に続く列で並ぶ場所には屋根がなかった。小雨が降っていて肌寒いなか、じっと行列に並ぶのはなかなか詫びしいものだった(しかし真夏の炎天下よりはマシだっただろう)。

そんなわけで、人気の観光施設に行こうと計画している方には、時間に余裕を見て行かれることを強くおすすめする。

一方、中には入れたものの、1990年には存在しなかった“制限”が見られた場所もある。
例えばルーブル美術館。モナ・リザの前の混雑といったら…(ルーブル美術館入館の際も、結構な時間、並んだ)。
しかも横から眺められないように囲いがされているので、あの微笑を見たかったら列に並ぶしかない。
そしていざ自分の番になった時にも周りに人がたくさんいるわけで…。押し合いへし合い自撮りをするといった具合だ。
モナ・リザは小さな作品だ。ダ・ヴィンチが持ち歩いていたというエピソードもあるくらい。
なのに近距離では鑑賞できない。長時間並んで、見られるのはほんのわずかな時間、しかも細部を観察することはできないくらい離れた距離からだった。
1990年に訪れた時には、ルーブル美術館内の入場者数はもっと少なかったように思う。名画の前にイーゼルを置き模写をしている人も何人かいた。
2025年、マクロン大統領が『モナ・リザ専用室』を作ると発表したが(完成予定は2031年とのこと)それが観光客にとって吉と出るか凶と出るか…。完成した暁にはぜひまた訪れてみたい。

多くの人が訪れることにより制限が生まれるのは仕方がない。そして自分も、その『大勢』のひとりであるわけで…。

3.税金を含む滞在費用の高騰

もうひとつ旅行者に大きな影響があるのは税金モノの値段、入場料金などの高騰だろう。
宿泊料金に観光税・市税が加算されているところは多い。というか主要な観光都市はほとんどそうだ。いくら税金を払うかは、場所によって異なる。
例えば同じイタリアでも、市税として私が実際に払ったのは次のとおり(いずれも2025年3月の1泊あたりの税金)。

  • ヴェネツィア 4.5€

  • フィレンツェ 6.0€

  • ローマ 7.0€

  • ミラノ 6.3€

当時1€=165円前後で、連泊すると「高いなぁ」と思ったものだ(レストランにも入らずに旅していたBudget Travelerでしたから、はい…)。

観光施設の入場料も高い。10ユーロ以上40ユーロ未満といったところか。円安の今は特に日本人観光客にとってはかなり痛い。

旅の計画段階で、DMM英会話の先生に「1日何ユーロで予算を組んだらよいと思う?」と聞いたことがある。
イギリス出身ドイツ在住のその男性講師は「最低でも1日200ユーロは見といたほうがよいと思うよ」と言った。
「清潔で安全でdecent(ちゃんとした)な宿泊施設に泊まって、食事と観光も計算に入れると、1日最低200ユーロくらいはかかるんじゃないかな」と。
当時は1€=162円くらいだったので「はあ…1日30000円超か」と思ったものだ。
(実際にいくらかかったかはまた別の記事で書こうと思う)

街並みの変化 変わらない風景

2025年の旅を計画する以前、まだ実際に行けると思っていなかった2019年頃に、1990年の旅を振り返ったことがある。
アルバムの写真を見返しながら、自分が訪れた場所をGoogle Mapで探してみた。すると、ストリートビューと1990年の写真に写っていた景色とが驚くほど変わらない場所がいくつもあった。

例えばドイツ・ビュルツブルクや日本人に人気のローテンブルク・オプ・デア・タウバーの街並み、スペイン・グラナダのアルバイシン地区などだ。
人々が大切に守っている街なんだなと感じた。

実際に行ってみて、やはり1990年に撮った写真と変わらないなと思った場所もたくさんあった。
その一つが、ビュルツブルクのマリエンベルク要塞からの眺めだ。

昔のカメラの方が鮮やかに見えるのはなんでだろう…

Google Mapを航空写真に設定しストリートビューで見ると、行った気になれるのでおすすめ(笑)。

一方で大きく変化した街ももちろんある。その代表がベルリンだ。

1990年と2025年のベルリン 壁の跡

35年。やはり長い時間だ。

ベルリンの壁は1989年11月9日に崩壊した。私がベルリンを訪れたのは1990年2月27日だった。
ご覧のように、壁をひっかいて欠片を記念品として持ち帰る人がまだいたし、壁博物館も小規模なものだった。
現在のベルリンには壁にまつわる博物館が複数ある。チェックポイントチャーリーのベルリンの壁博物館は、1990年に行った時よりずっと大きな規模になっていた。
東西ドイツを隔てていた壁はほとんど撤去され、ごく一部と、上の画像右のように錆びたポールが部分的に残されている。

2025年の旅でベルリンに到着した時、駅を出て最初に見えたのはガラス張りのつやつやしたビルだった。
時刻は午後5時半過ぎ。夕暮れに近い水色の空を映している。空には淡い朱鷺色の雲。
「ああ、なんて美しいんだろう」
重たいバックパックを背負っているのに、その美しさを記憶にとどめたくて私は思わず写真を撮った。
ベルリンでは天候に恵まれ、この翌日も空を見上げてはその美しさにため息が出た。

駅前のcube berlin

1990年に訪れた時には曇天で寒かったことを覚えている。そして列車に乗った時、人々が素朴で静かで温かいように感じた。

2025年の旅では、上のcube berlinに象徴されるような“現代都市”の雰囲気が漂っていた。また、駅前にたくさんのパトカーが並んでいたりジャンキーっぽい人がいたり…。

おっと、また長くなってしまった。では、今日はこの辺で。
続きはまた今度。

※1990年と2025年の旅についてはそれぞれマガジンにまとめています。


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