「いつか着るかも」を手放した日
「いつか着るかも」が、ずっと捨てられなかった。
今思えば、あの頃の自分は、ずいぶん頑張っていたなと思う。
幼稚園の送り迎え。
自分より10歳ほど若いママたちに囲まれて、
張り合うつもりはないのに、「それなり」を保とうとしていた。
自分に回ってくるお金はほとんどなかった。
安かろう悪かろうの服を数だけ揃えて、何パターンにも見えるように組み合わせを工夫する毎日。
数回着たらヨレてくる。
それでもまた数を買う。
今となっては笑えるけど、当時はそのループが当たり前だった。
本当は、ワクワクする服が着たかったんだと思う。
でもその気持ちも、ママになったことで、少しずつ見えなくなっていた。
結婚って我慢するもの。
そんなふうに、自分で自分に呪縛をかけまくっていた事も、今なら分かる。
「ワクワクする事を選択するなんて、自分にはできない」
そう決めつけてきた。
会社員時代に使えていたお金が入ってこなくなって、こんな貧乏するために結婚したんやろか——そんな気持ちが、ふとよぎる日もあった。
それでも、ないものねだりしても仕方ない。
今の暮らしを見直したら、景色が変わるかもしれない。
そう思って、ある本を手に取った。
地曳いく子さんの「服を買うなら捨てなさい」
タイトルからして、衝撃だった。
買いたいなら、捨てろ——。
その一言が、私の捨て活の始まりになった。
タンスの奥には、30代半ばまで着ていたスカートがあった。
「いつか社会復帰するかもしれないから」と残していたもの。
その時点で40代になっていた。
例えば、社会復帰したとき、本当にこのスカートを履くんやろか。
そして、そのときの私は、これを選ぶんやろか。
……そもそも、履けるんやろか(笑)
そこから、何かに取り憑かれたように、
「いつか着るかもしれない服」を手放し始めた。
そして、だんだん気づいていった。
私が恥ずかしかったのは、
「同じ服を着ていること」じゃなくて、
「同じ服だと思われること」だったんだ、と。
人からどう見られるかを基準に服を選んで、
本当は欲しいかどうかも分からないものを増やしていた。
満たされているようで、どこか空っぽだった。
ゴミ袋が、ひとつ、ふたつ、増えていく。
ぎゅうぎゅうに押し込まれていた服と一緒に、
自分の中にあった空虚な気持ちも、少しずつほどけていくようだった。
あの頃の断捨離が、
今の暮らしにつながっている。
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