見出し画像

50代で終活を始めた、本当の理由

ありがたいことに、両方の親ともまだ元気だけど、

80歳を越えてからは、少しずつ衰えが見えるようになってきた。

80代といえば
モノをたくさん、たくさん持っている世代。

両方の親とも、例にもれずおびただしい量のモノを所有している。
どっちもどっち。

片づけられないわけではない。
だけど、
とにかく捨てない。
とにかく取っておく。

これまた、似たり寄ったり。

子どものころのモノは、ほとんど処分しているのがうちの実家。

夫の実家は、そりゃもうすごい。

「これ、息子が小学校の頃のやつよ」と嬉しそうに、自慢気に見せてくれる。

40年もの間、ここで眠っていたかと思うと、ゾッとする。


数年前から捨て活に精を出し始めた私は

思い出も大事だけど、それよりも

「ちょっとでいいから、減らしてくれ」

心の中で、なんども叫んできた。

「モノが少ないと、心に余裕が出来てスッキリ暮らせるよ」

そうオススメしてみても
もう重い腰はあがらない。

いや、
もうあげられない。


そんなとき、誰かが言ってた。

終活は50代に始めるのがいいらしい。

それは本当に頷ける。

体力は少し落ちてきたとはいえ、まだ身体は動く。
判断力も、まだまだみなぎっている。

だから、私はその考えに賛同して、
断捨離をしながら、そもそも、モノを持つときの判断も見直して暮らすことにした。


モノがたくさんあって、捨てられないということは
いずれ誰かが片づけなければいけないということ。

私には兄姉がいて、それぞれ子どもがいる。
だから、なんとかなるかもしれない。

でも、
夫の姉は独身で、頼れる人がいない。

いつか、息子にそのしわ寄せが来る。
しかも、重度の知的障害がある弟もいる。

その全部を、息子ひとりが抱えることになる。

まだまだ、先ではあるかもしれないけど、

その未来が、もう見えている。

だから、私は50代で終活を意識して暮らしをするように変わった。

手に入れるときの、一呼吸。

「本当にこれ、今いる?」

何かで代用できないか。
持っているものでカバーできないか。

まずは、今あるもので豊かに暮らす方法を探す。

それでも必要だと思ったモノだけを、厳選する。

貧乏くさい?

なんて感じることもある。

でも、使わないモノに囲まれている方が
私は窮屈に感じるようになった。

だから、マイナスな面ばかりじゃない。

モノが片付きスッキリ暮らせるこの感覚は
私には合っている。

といっても、ミニマリストではないので、
家の中すべてが整っているわけではないという
矛盾もあるのだけれど(笑)

それでも

誰かに見せるための暮らしより
「一呼吸おける自分」でいられることの方が、心地いい。

自分がいなくなったあと
困るかもしれない誰かを想像してしまう。

考えすぎだと言われるけれど

それでも
少しでも負担が軽くなるように。

そのために

最初からシンプルに暮らしていれば
大きな片づけは、いらなくなるのかもしれない。

そう思って、今日も私はモノを減らす。


#捨て活 #50代の暮らし #身軽に生きる #手放す暮らし #思い込みを手放す #自分と向き合う #終活はじめました #親の家問題 #未来を考える   



いいなと思ったら応援しよう!

燈子|トウコ ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 よかったらスキで応援してもらえたら嬉しいです。 これからも続けて書いていくので、 また読みに来てもらえたらうれしいです(^o^)