「思いを繋いだ夏」―ショートから見た景色―40代会社員の奔走記〜番外編〜
ワァーー!!
……
「両者、礼っ!!」
アァーーーーー……
(試合終了のサイレン)
あの日のサイレンは、高校2年の夏の終わりを告げた。
高校生活で、この時しか涙を流した記憶がない。
いや、多分、しばらく泣き続けていたと思う。
1年前。
私はアルプススタンドで、2学年上の先輩たちを応援していた。
部員は約60人。
決して強豪校ではないけれど、部員だけは多かった。
当時のレギュラーには2年生の先輩も多くいた。
「この中に入るなんて無理だな。」
そう思っていた。
身長165cm。
パワーがあるわけでもない。
武器と言えば、少し肩が強いくらい。
どこにでもいるような、そんな選手だった。
新チームになり、私のポジションはショート。
序列は4番手。
練習試合では、ほとんど出番なんて回ってこない。
ボールボーイをしながら試合を見ていると、
「ひろとも、準備しとけって。」
「……は?」
ショートでは1番手がエラー。
交代した2番手もエラー。
さらに途中から出た3番手も、平凡なゴロをこぼした。
ショートに飛んだ打球が3人続けてエラー。
監督も呆れ顔だった。
そして気付けば、4番手だった私に出番が回ってきた。
ショートを練習していたのは私だけ。
気付けば私は、
最後の砦になっていた。
あの日を境に、試合へ出る時間が少しずつ増えていった。
監督からの信頼も少しずつ得られるようになり、
気付けば2番手になっていた。
そんな毎日
「やべっ。監督さん来たぞ!」
グラウンドの後方からデリカが見える。
「おざーっす!!」
全員で帽子を取って挨拶をする。
「小倉、先にシートノックやるぞ。それ終わったら俺は用事あるから出る。」
「はいっ!!シートノック準備!!」
内野からのシートノック。
自分の番。
最近、自分に飛んでくる打球だけ少し厳しい気がする。
そう思った瞬間だった。
「あんたー!!赤点ばっか取ってるから、そんなボール取れねーんだよー!!」
「……はいっ!!」
監督はつくば訛りが強くて、正直何を言っているのかよく分からない。
でも周りがクスクス笑っている。
その反応で、また何か言われたんだなと分かった。
シートノックが終わり、内野連携。
監督が帰ると、
「ひろとも、赤点何枚だったん?」
セカンドでランナー役をしていた副キャプテンの三浦さんが聞いてくる。
「3教科っす。」
「お前、それやべーよ!」
山越さんが笑う。
「いや、山越、おまえも変わらんだろ。」
「ノブは?」
「俺は赤点ねーよ。」
「お前ら、くっちゃべってねーでやるぞー!」
キャッチャーの中村さんの声が飛ぶ。
「先輩、今日声でかいっすね。」
「ひろとも、てめー!絡む時だけ声出してんじゃねー。」
そんな毎日だった。
レギュラーはキャプテンだった。
キャプテンは肩を痛めていて、肩はあまり強くなかった。
一方の私は肩が武器。
だから守備位置も少し違った。
キャプテンより一歩深く守る。
サードが届かない打球まで処理できるように。
それが自分なりのショートだった。
練習試合。
三遊間へ強いゴロ。
深く守っていたおかげで追いつけた。
「ひろとも、サンキュー。抜けたかと思ったわ!」
普段は無愛想なエースの樫内さんが笑いながら声を掛けてくれた。
その一言が嬉しかった。
キャプテンはゴロの入り方を教えてくれた。
副キャプテンはゲッツーの入り方を教えてくれた。
ショートはボールを捕るだけじゃない。
外野の肩。
返球の球質。
サードやキャッチャーの癖。
一球ごとにセカンドとアイコンタクトをして立ち位置を変える。
誰がどこまで追いつけるのか。
誰がどんな送球をするのか。
そんなことばかり考えていた。
今思えば、自分に気を使ってくれていたんだと思う。
センターとセカンドの副キャプテンとは、よくセカンドベース付近に集まった。
もちろんプレーの確認もする。
でも真面目な話はすぐ終わる。
「相手のマネージャーかわいくね?」
「昨日テレビ見た?」
結局、野球以外の話ばかりだった。
そして春。
キャプテンがヘルニアで試合に出られなくなった。
「ひろとも、悪い。頼むわ。」
その一言で、私はレギュラーになった。
最初は必死だった。
先輩たちについていくことだけで精一杯。
でも試合を重ねるたびに、
少しずつ細かいポジショニングまで話せるようになっていった。
「今日、俺球行かないからカットプレーの時寄ってくれ。」
センターの三浦さんから声が掛かる。
「了解っす。とりあえず寄るんで、カットまでください。」
「今日、樫内シュート気味だから右バッターの時は一、二塁間締めるから。」
セカンドの山越さんが言う。
「了解っす。左バッターの時は逆に三遊間閉めますね。」
ようやく先輩たちと、
戦術や動きを対等に話せるようになってきた。
そして迎えた夏。
エースの制球が少し乱れ始める。
私は一人でマウンドへ向かう。
「先輩。」
ぶっきらぼうにこちらを見る。
「アルプスの右から3番目の子、めっちゃかわいくないすか?」
少し間が空いて、
「……かわいいかも。(笑)」
「めっちゃいい球いってるんで、あの子を惚れさせちゃいましょ!(笑)」
たったそれだけ。
でも少しだけ空気が和らぐ。
そんな関係になれたことが嬉しかった。
でも、その心地いい時間は長くは続かなかった。
ワァーー!!
……
「両者、礼っ!!」
アァーーーーー……
高校2年の夏が終わった。
負けたことよりも、
あの先輩たちと、もう少し一緒に野球がしたかった。
キャプテンとは違うタイプのショートだった私。
それでも先輩たちは、その違いごと受け入れてくれた。
もがきながら必死についていった日々。
そんな毎日が、とても充実していた。
だからこそ、悔しかった。
それから20年。
先輩たちと会うことは、ほとんどない。
3年生になった私は、先輩たちの思いをちゃんと引き継げたのか。
今でも、その答えは分からない。
でも、
「ひろとも、悪い。頼むわ。」
あのキャプテンの一言だけは、
20年経った今でも忘れられない。
いつかまた会えたら。
あの頃みたいに、
「お前、絡む時だけ声出してんじゃねー。」
なんて笑ってもらえたら嬉しい。
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