愚痴じゃないように見せかけた、いや見せかけ損なった愚痴です。
ちょっとゴミについて語らせてほしい。
今日は夫に「ゴミ捨てに行ってくれる?」と言えた。しかも可愛く。
これが出来ないがために
何度朝の準備の時間
イライラと過ごしてしまっただろうか。
付き合っていた頃は
なんでも可愛く頼めたはずなのに。
「駅まで迎えにきて〜」は言えたのに、
「ゴミ捨ててきて〜」が言えないのはなんでだ。
頼み事をしたくないのが1番ではなくて、
【家族共通のはずのゴミ捨てという作業を
夫が知らんぷりでいること】が気になる。
冷たい人ではないから
「言ってくれればなんでもやります」と顔に書いてある。
きっと世の中には言ってもやってくれない人が
いるのだろうから、お願いさえすればやってくれるのは分かりやすいといえば分かりやすい。ないものねだりなんだろうか。
可燃ゴミの日はさすがに覚えていそうだけれど、
三分別の日は何年も「え?今日だっけ?」って顔をしてる。
その顔を見るたびにちょっぴり孤独を感じる。
夫は選択肢を持っておらず
わたしが【自分がやるか、夫に頼むか】を選ばなければいけない。
つまり無関心。
夫はゴミに無関心なだけで、わたしに無関心ではないのだけれど、自分の調子が悪いとわたしに無関心なのかと勘違いをしてしまう。
いや、わたしだってゴミには無関心だよ。
分別するところまではいいけれど、
ゴミをまとめるところからは
自分の仕事を妻がやってくれている!くらいの
反応を見せて欲しい。
その反応さえあれば何回だってわたしはいい気分でゴミをまとめられるのに。
少しでもこの症状が悪化しようものなら
「今日は何の日でしょう?」
「正解は、プラスチックとペットボトルと紙ゴミの日でした〜」と
この世で一番つまらなくて怖いクイズを朝イチから出してしまいそうだ。
週に3日もゴミ捨てがあるので
積み重ねてきたモヤモヤは計り知れない。
書いていて思うけど
面倒臭い性格だと思う。
【やりたくないんじゃなくて、わたしがやっているのを知っていて欲しい。そうでないならやってほしい】
この気持ちを分かってくれる人と結婚したとしても、結局は単純に【どちらがやるか】が結論になるので、
お願いすればやるのは夫ならば
この複雑な気持ちを分かってくれようがくれまいが関係ないような気もする。
じゃあどうすれば正解なのかというと、
わたしがゴミをまとめているのを見たら
顔をキラキラさせてありがとうと言って欲しい。
いつも絵文字のぴえんの顔で感謝して欲しい。
それが出来ないのであればゴミをまとめて欲しい。
起きてすぐにソファに座って
「言ってくれればやるからね」の顔はしないで欲しい。
ここまで考えても、
結局は可愛く頼んだもん勝ちで
それがムリなら1回ゴミを放置してみろという話になってしまう。
だから金曜も可愛く頼もう。
「ゴミまとめて〜」って。
わたしは【なんでも俺を頼ってくる可愛い妻】じゃない。本当はこんなことを考えてる。
なんのはなしですか
