「夜見枯古書店心書譚」第十七話
「もしかして、兄と一緒に行動してませんでした? その時」
「――意外だな、正解だ」
「何が意外ですか、失礼な。なんだか二人がやっていた無茶が想像ついてきましたよ……」
現実がここまでこじれてしまうと、なんでもずけずけ言えるようになるらしい。美夜子史上初めて、阿光に遠慮なしに言葉をぶつけていた。
今まであった遠慮なんてどっかに飛んで行ってしまったのだから、仕方がない。
「とりあえず、進んでみますか?」
「そうだな」
元が図書館なのだから、そんなに距離はないだろうと思ったのだが、進んでみると簡単に体で覚えているフロアの広さは超えてしまった。
「図書館の建物よりも広くないですか?」
「空があるからな。あと、『心書』の作ったものに距離感なんて現実的なものはない。迷路のようにぐるぐる同じところを回っているだけだ」
「ええ? じゃあ進んでいた意味は?」
「ない。が、進まないといけないんだろうな、この場合」
「この場合って、どういう」
「ほら、みろ。幽霊のご登場だ」
「え」
阿光に言われるがままに視線を向けたのが、いけなかった。
ずっと続く建物のひろばと道を兼ね合わせた場所。その中心に自分たちはいたのだが、その先にはっきりと人影が見えた。
―――美夜子がビシッと、音を立てて固まったのは言うまでもない。
「ひぃ」
「……今更過ぎるだろ……」
阿光は、てっきり美夜子が幽霊などは気にしない性質とでも思っていたらしく、深々とため息を吐いた。
だが、美夜子が別に幽霊話を気にしていなかったのは、ただ単に原因が心書だとわかっていたからである。実際に幽霊を見るなんて、全く考えていなかったのだ。
「え、え、え、本物!?」
「……お前、あのウサギが本物だと思っていたのか?」
「あ、じゃあやっぱり偽物……」
「『心書』は人間が作り出したから幽霊がいてもおかしくないけどな」
「どっちなんですかぁぁぁ!」
涙腺が今にも爆発しそうである。もちろん恐怖で。
「今、心霊の有無について討論する気はない。ただ、噂によるとあいつについていけば部屋があるんだろう?」
「え、ついていくんですか、あれに……」
「それ以外に出る方法がないと思うけどな」
と、言いながら、阿光はしれっと幽霊に向かって「案内頼む」とまで言ってしまう始末。もう、美夜子は逃げられず、ずんずん進む阿光の腕に必死にしがみついた。
「た、たたられたら私の代わりになってくださいね!」
「失礼過ぎないか?」
阿光はあきれ顔なのだろうが、それが見えない。必殺、目を閉じて身近な相手に行動をゆだねる技発動である。兄にもよくこれでお化け屋敷を対処して呆れられたものだ。
阿光の腕にギュッとしがみつき、これでもかというほど密着して、進む阿光に身をゆだねたのだった。
冷たい風が吹いていたのが、急に止む。それと同時に、頭上からいつも通り、どこか気だるそうな声で「着いたぞ」という阿光の声が降ってくる。
美夜子は、そろりと目を開いた。
「ここは……」
まるで、倉庫のような場所だった。高校の体育館ほどの広さがあるだろうか。
中はがらんどうで、壁の崩れ具合で廃墟とわかるわりには中身が何もない。
その中央に、ゆらりと奇妙に歪む人影があって、美夜子は悲鳴を上げそうになるのを何とかこらえた。その代わり、阿光の腕を抱きしめる力が増す。
「いい加減にしろ」
べりっと剝がされた。ひどい。
「こ、ここは……?」
「『部屋』だろ」
「『心書』的には?」
「段々慣れてきたな、お前……。あの幽霊が何も言わないならわからないな。『心書』も心霊も基本的に向こうから訴えてくるものだ」
「心霊はいいですから! 心霊はっ!」
「にしても、大人しいやつだな……これ解決する必要あるのか……? 食いがいがない」
「食いがいって……」
美夜子が呆れた視線を向けるものの、阿光は至極真面目な表情で言う。
「溢れている物語ってわけでもない。あるべくしてあるような……つまらん」
完全にやる気が失せている表情だ。あの兎の時のような生気がないので、美夜子は反射的にまずいと思った。
このままでは、本当に放置するぞ、この人!
――だが、それは杞憂に終わる。最悪の方向で。
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