「夜見枯古書店心書譚」第十三話
兄と美夜子の高校は同じだ。
通学の利便性を考えると必然と高校は同じになってきただけであり、決して学力自慢ではない。というのも、美夜子が通うのはこの界隈では有名な進学校であった。
ここに阿光も通っていたのだと思うと、自分の将来が一瞬不安になるが、それでも将来安泰である。
兄のような無茶をしなければ、だが。
「……『心書』、って言ったっけ」
『心書』が、自分の内側からあぶりだした声を思い出す。
兄の道を否定する両親に対する不満と、自分もまた両親に理解されない孤独が生み出した、あの真っ黒い兎のような怪物。
そして美夜子の予想通り、阿光によると、この街にはあの危ない本が溢れているという。心に闇を抱えていない人なんていない。これも想像に過ぎないが、あの本が世の中にもたらす不幸はかなり多いのではないだろうか。
そこまで考えて、ふと、悟志がとった道の意味が分かった気がした。
兄は、あの本が不幸をまき散らさないように探偵になったのではないだろうか、と思ったのだ。
一度、あんなことがあって不安に思う美夜子の気持ちが、そういう方向に想像を膨らませたのだが、決して間違ってはいないとも確信できる。
兄は、あの本で変わったのだ。
では、阿光は?
物語を食べるという阿光。本でなければ関わらないと言い切った青年。
逆に言えば、「『心書』があれば関わる」と言っているのだ。兄と、同じように。
「……ほんとに、仲良しだったんだなぁ……」
勉強机に頬をくっつけながら、美夜子は昼間に自分で言い出したことを反芻した。
本が関われば阿光が動くのなら、「本を求めて」美夜子が動けばいいのだ。そして、それをまた兄も望んでいたのだとしたら。
探偵という道に引っ張り込むつもりはないのだろう。そうであれば、最初から家族と縁を切る必要はない。
ただ、知っておいてほしかった。
「……会いたいなぁ、お兄ちゃん……」
悟志と美夜子の兄妹仲は、大変良好だった。
生真面目な両親に反発することこそなかったけれど、ひそかに二人の言いつけを破るようなことは隠れて何回もやった。とはいっても小さなことだ。夜にお菓子パーティーをしたりだとか。
良いことも悪いことも、ある程度二人でやったからこその絆があった。それはたぶん、両親が考えているよりも固い絆だ。
だからこそ余計に、両親以上に、兄が選択した道に納得していないのかもしれない。もっと言うと、「なんで相談もしてくれなかったのか」という後悔がある。
阿光には、きっと相談していたんじゃないか。そんな気がして、悔しい。
そんな気持ちもあり、美夜子は予想以上にぐうたらな阿光に思いっきり噛みついてしまった。完全な八つ当たりだ。
――けど、こちらについては、後悔はない。自分から兄を奪った原因を作った男なのだ。少しは痛い目を見ろ、と思う。
それがはっきり言って他人に対する甘えだということも、わかっている。
わかっているけれど、こちとら思春期、気持ちを爆発させる先も必要だ。
「……やばい。これ以上考えるのはやめよう、うん」
机からガバリと起き上がり、美夜子は今までの調査を書いたノートを見た。
阿光に言われ、「本を探す」ことにした美夜子は、図書室、または図書館関連で兄の痕跡を調べていた。
すると、拍子抜けするほど簡単に、兄の痕跡が見つかった。
「あれ? 夏笠の妹さん?」
図書館で、兄の同僚だった人と会った。
兄は、いつの間にか図書館で働いていたらしい。しかも周囲に好印象だったようで、妹の自分まで覚えられていたのである。
高校の図書室よりも図書館に可能性があると思っていたが、まさか本人が働いていたとは思わなかった。
同僚の男性は、兄の行方を聞いてもさすがに知らなかったようだが、大きな収穫である。
ついでに、ひそひそ話で面白いことを言ってくれた。
―――本にまつわる、怪談話だ。
図書館の館長らしき人に怒られるまで話してくれた内容は、きっと阿光の気を引くには有意義であるに違いない。
兄に近づいている、そんな確信が持てる調査だった。
そういえば、兄もこんな風に地道に活動しているのだろうか。
そう考えると、兄妹揃って似た者同士だと思う。こんな活動を、楽しいと思ってしまうのだから。
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