「夜見枯古書店心書譚」第十五話
「ええっとあの……そう、図書館です! 図書館の話です! そんなバカなことはもう考えませんから心配しないでください!」
「……どうかなぁ、美夜子ちゃん、無茶しそうだもんねぇ」
「同感」
「しませんってば!」
那々と阿光から疑いの目を向けられ、ブンブン両手を振って潔白を訴える。
事実、考えただけで行動に移していないのだから許してほしい。
美夜子はわざとコホンと咳払いをすると、話を本題へと戻した。
「えっと……兄の同僚だった人が、もし気になるなら調査してもいいかと言ったらしてくれ、と懇願されました。怖がりな方みたいで、そういう専門家を知っていると言ったら連絡してくれれば鍵を開けると言ってくれました」
「それでいいのかセキュリティ」
「うーん。ほんとはいけないと思います……。でも、夜見枯さんが入る手立てはできてますので!」
「……那々お姉ちゃん、やっぱり心配。ここまで行動力があるとは……」
「……同感」
実のところ、阿光を引っ張り込む算段さえつけば、いつでも行動できるようにしてあったのであった。
二人からジトリと責める視線を向けられ、美夜子もさすがに堂々と胸を張ることはできず、顔を背けるしかなかった。
「悟志君。あの子はお兄ちゃん大好きっ子なんだね、可愛いなぁ」
その人物と相対するのは、これが初めてだった。悟志は、自分の手に汗がにじむのを感じながら、にこりと微笑む。
「ええ。可愛い妹ですよ」
「そんな大切な子をあんな怪物に近づけるなんて、悪いお兄ちゃんだね」
「あいつは、怪物じゃありません」
ふふっ、と目の前の人物は嗤う。その美貌は、親友を彷彿とさせるが、悟志からしてみれば天と地ほども違う。
阿光は、なんだかんだで人間らしい男だ。
美夜子を気遣って、刑事が協力を依頼する形ではあったが、最近活発だった通り魔を先に片づけてしまうほどには、心配性で人間味にあふれている。
悟志のことだって、阿光は目の前の人物に「近づきすぎるな」という警告を散々してきていた。
それを無視する形になったのは遺憾だが、それでもよかったと思っている。
こうして、自分が追い続けたターゲットの一人に近づけたのは。
けれど、目の前の人物はそんなことさえお見通しなのだろう。阿光のことも、自分がこれから美夜子に知らせようとしていることも。
それを面白がって、わざわざ観客席からこちらに訪れたのだ。
自分の前に姿を現したことも、結局は観客が俳優にあいさつするような傲慢さの欠片でしかない。
けど、それでも。
悟志は、手に滲む汗ごとぎゅっとこぶしを握り締めた。
そんな悟志の小さな覚悟さえ見透かすような青い瞳で、その人物はにっこりと微笑んだ。
「怪物じゃない? 君は馬鹿なことを言わない方がいい。彼は怪物だよ、僕と同じね」
「……エミル様、そろそろ」
「うん。じゃあ、部外者はそろそろ行こうか、じゃあね、探偵さん。せいぜい、身内ごっこを楽しむといい……。遊び道具は、用意してあげるから」
「遊び道具……」
一瞬、言葉を失う悟志。その様子を見て、相手は満足そうに微笑みを深める。
「うん。とっておき」
そういって、エミルと呼ばれた少年はにっこりと微笑んだ。真っ黒な微笑みだった。
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