「夜見枯古書店心書譚」第二話
もし、私が兄に返信が書けるなら、私の書き出しはこうだ。
拝啓、お兄ちゃん様。こいつはだめです。
手紙に書かれた住所通りに行った先に、そのダメ人間はいた。
この世のすべてに興味がないとでも言いたげな不満げな瞳を本にだけ向け、来客である私には一切の視線を寄こさない傲岸不遜なその男と、美夜子との出会いは最悪だった。
よれたシャツに皴付きのジーンズは不潔でこそないが、はっきり言ってだらしがない。
髪も切るのが億劫なのか中途半端に伸ばしており、右肩の上にゴムで結わえている。
いや、それは百歩譲っていいとしよう。
問題は、その態度と部屋の様相だった。
美夜子がびくびくしながら踏み入ったというのに、ちらりとも目を向けやしない。
外の古びた看板には「夜見枯古書店」と書かれているくせにこの場所にレジなどなく、あるのはびっしりと壁中に供えられた本棚と、所狭しと入れられた本。
そして、本が積み上げられた摩天楼だ。
売る気がない。というか一冊でも引っ張り出せば床中に本が広がるに違いない。
その中で開けた唯一の空間に、その男は寝っ転がっていた。
家具の趣味は良いのか、彼が寝ているソファは革張りの素人でもわかるアンティークのものである。長椅子に寝っ転がり、その横にあるローテーブルは夕日を受けて、飴色に輝いていた。
その向かいにはこれまた本が積まれた一人掛けのソファがある。普通、主人はそちらに座るべきでは? と美夜子は思うのだが、男にとっては寝っ転がる方が大事なのだろう。
カツカツとわざわざローファーで音を立ててやっても、男は一向にこちらに目線を向けようとはしなかった。
ぶちり。
美夜子の長くない堪忍袋の緒が切れた音がした。
「いい加減こっち見なさいよ! 夜見枯阿光! お兄ちゃんに言われたから来てやったのに!!」
その怒鳴り声は階下まで響き渡り、以降、阿光から「爆弾系JK」という不名誉なあだ名をいただくことになった美夜子であった。
「はーーーい、阿光君、お客様のお嬢さん、お茶淹れたよぉ」
摩天楼の中に明るく甘めの声が響く。甘えた声、ではなく、空気そのものを甘くするような優しい声の主は、階下の喫茶店クレラの店主である七季那々のものだった。
声と同様に垂れ目の瞳、ふわふわと広がる茶色の長髪をポニーテールにまとめていても、その広がりは防げない。
年齢は三十路を過ぎたとは思えないほど若々しい。
高校生とまではいわないが、大学生と言っても皆信じてしまうその美貌は、美夜子に向けて優しく微笑まれている。
美夜子はといえば、那々によって本が退けられた一人掛けソファに顔を真っ赤にして俯いていた。
(怒っていたとはいえ……怒鳴るなんて、初対面の人たちになんて失礼なことを……)
という至極まっとうな理由で反省中だった。
それにフォローを入れるように華やかな香りを放つ紅茶を各々の人物の前に置きつつ、那々が明るく笑う。
「ふふっ。阿光君を見たらだれでも怒るんだけど、貴女ぐらいスッキリ怒ってくれる人はいないからねぇ」
「スッキリ怒るとは……?」
「阿光君、いつもこうだから、結構、お客様に嫌味を言われたりする方が多いのよ。けど、そうなると完全に阿光君相手にしなくなっちゃうからね」
「そうなんですか……」
とはいえ、まだ美夜子は阿光と一言も言葉を交わしていない。
相手にされていないのでは? と思っていると、美夜子の横にどこからかスツールを持ってきて腰掛けた那々は、にこにこ微笑みながら首を横に振る。
「阿光君、十分歓迎しているのよ。追い出してないでしょ?」
「ええぇ」
客を追い出す店主ってなんだ。
「とはいっても、まだおしゃべりしてないなんてひどいわねぇ阿光君。おーい、そろそろお客様の目を見てあげてよー」
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