「夜見枯古書店心書譚」第三話
「…………客じゃないでしょ、そいつ」
かなりの間があったが、阿光は初めて口を開いた。
絶対相手にされていないと言い切れるほど冷淡で面倒くさそうな口調で、先ほど爆発させた熱がもう一度、美夜子の中で沸々と湧き上がる。
だが、次に放たれた言葉に、その熱は急速冷凍されることになった。
「悟志の妹だから客じゃない」
「……え、なんで」
美夜子はまだ名乗ってさえいないし、個人情報が分かるものを身に着けてさえいなかった。
なのに、なぜ夏笠悟志の妹だとわかった? この男とは会ったことさえないというのに。
美夜子が背筋をぞっとさせる中、那々はなるほど、というようにぱちんと明るく手を叩いた。
「また食べたのね? 阿光君ったらすぐに食べちゃうんだから」
食べる? 何を?
あぁ、まただ。
美夜子は今まで踏みしめていた地面が信用できなくなるような、兄がもたらしたものと同じ不安を再び味わう。
ただ、そこには前回感じなかったもう一つの感情があった。
恐怖だ。
「まだ食べてねえし」
「食べるって、何を……」
美夜子が口をはさむと、阿光はこちらに目線を向けず、ピッと美夜子のカバンを指さした。
「その話はいい。お前のカバンにはアイツ……お前のお兄さんの物が入っている。違うか?」
突然流暢に話しかけられ、美夜子はびくっと体を震わせながらも、こくこくと首を縦に振る。
「は、入ってます。兄からの手紙です。ここにくるようにと……」
「四年も音沙汰なかったくせに、よく僕にそんなもの寄こせたな。夏笠妹もよく怒らなかったな、さっきは爆発してたくせに」
「……爆発してないですから。あと、夏笠妹じゃなくって、夏笠美夜子ですから」
一応ここで訂正しておく、訂正しないと、ずっと爆発娘とか失礼なことを言われかねない。
美夜子は阿光が指さした鞄から手紙を取り出し、まだ本から目を離さない阿光の前に置いた。
「これは、あなたのいう通り、四年ぶりに兄から来た手紙です。自分の行方が知りたかったらここに来るといいって言われてきました」
「…………厄介ごとの匂いがすると思ったら」
ハァとため息を吐いた阿光は、とうとうこちらを向いた。
―――自然と、美夜子も始めて阿光と対面することになる。
腹が立つほど、うつろな瞳だった。顔立ちは日本人離れした美貌で、美夜子の同級生などがいたら黄色い悲鳴を上げるに違いない。ただ、その目はあまりにも無気力で、本当に世の中の何にも興味が失せていることを他者に否応なしに思い知らせてきた。
美夜子が見た中で、最も腹立たしく、哀れな目をしていた。
だが、美夜子に向けられたその目の中にある感情が、かすかに動く。それはそのまま驚愕という色に変わり、美夜子にまじまじと向けられていた。
「お前……」
「え……なんですか」
「いや、何でもない」
ふいっと目が背けられる。不思議と、驚きを隠せなかった阿光に、美夜子は強く興味を抱いた。
今までで一番、「生きている人間」らしかったのだ。この人もこういう顔ができるのか、と思わず感心してしまう。
何を驚いたのだろう。兄と何か似通った点でもあったのだろうか?
阿光が驚いた点はうやむやにするように、阿光はとうとう上半身を起き上がらせて、兄から受け取った手紙を開いて目を通す。
「―――ふーん。ここにこい、としか書いてないな」
「あの、なんで私が悟志の妹だってわかったんですか」
阿光の生気のない瞳がもう一度美夜子を捕らえる。そこには、先ほど感じた生気ある驚きはなく、世界の観客とでも言いたげなすべてを突き放した無関心しかない。
―――やはり、腹が立つ目だ。
そして次に放たれた言葉も、やはり美夜子の質問を突き放したものだった。
「そのかばん、まだ何か入っているか?」
「え?」
言われ、がさごそと鞄の中をあさってみる。しかし言われたようなものはない。
「別にいつも通りなんですけど……お兄ちゃんの手紙以外は」
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