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「夜見枯古書店心書譚」第二十話

――ワイルドハントを模した物語。

阿光は頭の中から知識をひねり出した。仮にも『バベルの言語』を読む人間である。これぐらいの知識は当然だった。

阿光が『物語喰らい』と言われる原因は、この『バベルの言語』にある。

『バベルの言語』とは、遥か昔、人が共通言語を持っていたころ、バベルの塔と呼ばれるものを作り、神をあがめようとした話に由来する。これは、失われた共通言語のことを指している。

本来、読み手を失ったはずのこの言語を、阿光は生まれたときから読んでいた。だからこそ、阿光は人の物語が読めるし、世界の物語も読める。

いや、すでに読んだ。

そして、この能力はいつから持っていたか忘れたが、物語を食べることもできた。

特に、人が狂気に染まるときに溢れ出る言語を食べたことで、今までずっとあった飢餓感がなくなり、満腹感がした。

それ以来、狂った人間の物語を基本的に食べるようになった。

「悪食」と、事情を知っている知人から呼ばれることもあるが仕方がない。それでないと食べた気にならないのだ。

飢餓感は、普段の退屈さとイコールである。退屈は嫌いだ。だからこそ、阿光は物語で頭を満たす。

だが、今回の物語は食いがいがない。薄っぺらい味のものを食べている感覚がする。

そのせいか、猛烈に飢餓感がこみ上げる。退屈さがいや増す。

地方の伝承を模しただけの、空っぽの物語。重厚な建物が持つ歴史を書き換えた、センスのない書き手の話。

ああ。つまらない。

心が退屈で満たされないのに、食べても食べても物語が尽きないという最悪の状態だ。

この書き手が考えそうなことである。だが、退屈に潰されるわけにはいかない。

まだ、美夜子を完全に物語の中から救い出さなければいけない。

あぁ、でも、退屈だ―――。

物語を食べるには、心を使う。食べる能力は心に直結しているもの。

ここは普通の人間と同じで、美味なものを食べれば心は潤うし、粗末なものを食べれば心は無感動になっていく。

こいつの狙いが、無感動に満たされることなのは阿光もわかっていた。だが、今は物量で押されているような状態だ。

嫌でも食べなければならず、そうしなければ美夜子を守る小さな物語が破られる。

正直なところ、これ以上、心がすり減れば阿光自身どうなるか全くわからなかった。しかも時間の問題だ。

早く何とかしなければならない――。

何とか隙を見つけようと、自分の心が退屈に食われないうちにどうにかしなければならないと焦りが出ているとき。

「……っ」

わき腹を、大きな鎌がかすめていった。

痛覚は正常だが、顔に出ないだけの阿光は、少しだけ顔を歪ませた。だが、わき腹からは盛大に黒い血のような文字が溢れ出てくる。

しまったな、と、どこか現実味が薄い思考で失敗を悟った。

これを、美夜子は見ているだろう。

兄と同じお人好しの性質を持っていそうなあの少女は、息を呑んでこの非現実な現実を見ているに違いない。

彼女を、兄と同じようにさせるわけにはいかない。

自分のような人ならざる者を見て、普通の人が歩まない道を進んでいこうとする兄と同じようにするわけにはいかないのだ。

「くそ……」

書き手の思い通りの動きをしている。その苛立たしさに、阿光は眉根を寄せた。

その時だった。

「阿光さん!」

――光の繭を破って、美夜子が飛び出してきたのは。

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