「デジタル教科書 vs 紙の教科書」の議論は不毛であるの巻
はい、またやってきました。この季節。
これ、2025年2月22日。
意図的なのかわからないけれども定期的に繰り返されるこの議論。
目が悪くなる、睡眠障害になる、記憶力低下する、バカになる
こちら、2024年11月初旬。3ヶ月くらいの間隔で出てくるこの議論は一体なんなのでしょうか。もしかしてbotなのか。
特に、スウェーデンが紙の教科書への回帰を決定し、云々というのを10月ごろに読売新聞が大々的に報じてから、また盛り上がり始めたような気がします。
デジタル教科書を積極的に導入してきた国が、なぜ方針を転換したのか。日本でも、「ほれみろ、紙が教科書重要」という言説をサポートする記事が爆誕しています。
結論から言うと、「デジタルか紙か」という二者択一の議論自体に、大きな落とし穴があります。とうか、そういう議論していることがナンセンスです。
ということで、今回はこの記事の元ネタになっている論文を分析することで、結局論点はなんだっけという、そもそも論について考えてみます。
記憶と脳機能から見る学びのメカニズム
簡単にどういう実験だったか、おさらいしていましょう。まず、記憶力の差とか利き手とか被験者間の違いを最小限に抑え、さらには紙であろうと、タブレットであろうと、スマホであろうと「ペンを使って入力」するという方式も揃えた上での記憶テストをしました。
こんな感じ。

3つの入力方法を1時間やった後、関係のない干渉問題をやる。
そして、脳画像を撮る機械の中で質問をする。例えば、上の画像にあるように「宿題の締め切りで最も早いのどれですか?」とか。そうやって思い出すスピードとか正確性を測り、同時に脳のどの部位が活性化するのか分析しました。

(A) スケジュール記録にかかった時間(Duration of schedule recording)
(B) 記憶想起タスクの正答率(Accuracy in the retrieval task)
(C) 記憶想起タスクの反応時間(Response times in the retrieval task)
という観点からも分析したのですが、これで分かったことは
1 紙のノートの方がスケジュールを速く記録できる
2 紙のノートを使った方が、記憶想起の正確性が高い(特に簡単な質問において有意な差)
3 記憶の検索にかかる時間はグループ間で大きな差がない(違いは「思い出せるかどうか」にある)。
なんですね。つまり紙だとさっと書け、しかも(簡単な問題ほど)正確に記憶できるというのです。
「紙だとなんで正確に記憶できるのか」というのが重要なポイントです。
実は私たちの脳は、情報を記憶する時に「どこにあったか」という空間的な手がかりも一緒に記録しています。紙のページをめくりながら学習すると、「あの情報は左のページの上の方にあったような・・・」といった空間的な記憶も同時に作られます。これが記憶を強化する重要な要素になっているんですね。
タブレットの場合、画面をスクロールすると情報の位置関係が変わってしまい、この空間的な手がかりが作りにくいんです。
それを示しているのがこの画像。

この脳画像は、記憶想起時の脳活動を fMRI によって可視化し、どの脳領域が活性化されるかを示したものです。
Retrieval (First 6s – Last 4s), all groupsというのは、 記憶想起タスク中の 最初の6秒と最後の4秒の比較 を行い、記憶の検索が活発な時間帯の脳の活性化を特定したものです。
この図で最も活性化している部位は海馬(Hippocampus)であり、 記憶検索をするときに重要な役割を果たしていることがわかります。
Retrieval – 2-back, all groupは、記憶想起タスク(Retrieval)とワーキングメモリ課題(2-back task)を比較です。
なんでいきなりワーキングメモリとの比較が出てくるんじゃい、って思った人もいると思うので、ちょっと解説。

ワーキングメモリみたいな短期の記憶をするときと長期記憶するときに用いる部位は違うんです。で、どう違うのか、というのが重要。それが、下の画像で神々しく赤くなっている、この箇所!

つまり、なんなのかというと、視覚情報処理や空間処理からの言語化・記憶統合の合わせ技で記憶を視覚的に思い出すということなのです。
私たちは、単に情報を覚えるというのではなく、情報のみならず覚えた文脈も記憶しているんですね〜。
入力(メディア)の特性を活かす
話を戻しましょう。
スウェーデンの教育省は「6歳未満の子どもたちのデジタル学習を完全に終了する」と発表しました。
この決定は、教育界に大きな波紋を投げかけました。デジタル教育の先進国が、なぜ紙の教科書回帰を決めたのか。実は、ここに重要なヒントが隠されているんです。スウェーデンの教育政策は、「デジタル=悪」というわけではなく、発達段階に応じた「メディアの使い分け」を確認しただけなんですね。しかし、その点は日本で全く報道されないという・・・。
実際、デジタルと紙には、それぞれ異なる特性があります。

ポイントは、これらの特性を年齢や学習目的に応じて使い分けることではないでしょうか。例えば、小学校低学年では文字を正しく書けるようになることが重要ですよね。この時期に紙の教科書やノートを使うことで、手先の運動能力も同時に発達させることができます。
一方で、中学生になると情報を収集・整理する力やよりクリエイティヴな編集力が必要になってきます。この段階では、デジタルツールの特性を活かした学習の方が効果的ですよね。
つまり、「デジタルか紙か」ではなく、「いつ、どちらを使うのが最適か」を考えることが大切なんです。子どもの発達段階や学習の目的に応じて、最適なメディアを選択する。
さらにはどんな授業をしたいのか、どこにどうメディアを使うのかという授業の組み立て(インストラクション)を考えるのが重要です。
効果的な学習方法のデザイン
今回の研究からわかってきたのは、学習効果を決めるのは「使うツール」ではないってことです。
むしろ大切なのは、個々の子どもの特性や学習の目的に合わせて、効果的な学習環境をデザインすることなんです。
例えば、ノートを取る場合を考えてみましょう。手書きはさっとメモるのには効果的ですが、時間がかかります。その「手間」が実は大切な意味を持っているんですね。内容を自分の言葉で要約し、図や矢印を使って関係性を整理する。そのプロセス自体が、深い理解につながるんです。これを専門用語では自己生成(self-generation)って言います。
一方、タブレットやスマホを使うと、簡単に授業内容を詳しく残せるし、後から検索も容易です。でも逆に記憶残らないという弱点があります。
なので、繰り返しになりますが、どちらが「正しい」というわけではなく、目的によって使い分けることが重要なんですね。
例えば、
1 新しい単元の導入の概要はデジタル教科書で説明
2 詳しい内容は教科書で基礎をしっかり理解
3 練習問題はデジタルドリルで効率的にやる
4 グループワークやまとめはノートに手書きで整理
5 プレゼンはデジタルで共有
というように、場面に応じて最適なインストラクションが考えられます。
結局のところ、「これが正解」という単一の答えはありません。むしろ、多様な学習ツールを上手に組み合わせながら、学習者に合った学習環境を作っていく。
それが、これからの時代に求められる「効果的な学習方法」なのかもしれませんね。
まとめ
「デジタルか紙か」という議論に、単純な答えはありません。むしろ不毛です。スウェーデンの決定が話題を呼んでいますが、重要なのはその背景にある「学習者の発達段階に応じた学習方法・環境の最適化」という視点です。
私たちの脳は、驚くほど賢く、かつ繊細です。記憶のメカニズムを見ても、空間認知や手の動きなど、様々な要素が複雑に関係し合っています。だからこそ、一つの方法に固執するのではなく、それぞれの良さを活かした「学びのデザイン」が必要となります。
結論として大切なのは、「複眼的な視点」です。紙とデジタル、それぞれの特性を理解し、子どもたちの成長段階や学習目的に応じて、最適な組み合わせを考えていく、それが教える側の責任なのではないでしょうか。
ということで、「デジタルか紙か」という議論はおしまい。
さよなら、さよなら、さよなら。(by 日曜洋画劇場 淀川長治)
(すいません、3分余裕で超過しました。長文を読んでいただきありがとうございます。)
ーーー
