AI思考ツールと、知識を所有すること
AIがKJ法を完成させたり、マインドマップを自動で完成させるツールがいくつか出現しているが、その有効性に疑念を感じることが多いです。なぜなら、 KJ法やマインドマップは整理することよりその過程(脳内にマップを作る、複数メンバーで合意形成を図るなど)が重要な気がしているためです。それを自動でやってなんの意味があるのか、と。
一方、ある目的を達成するのに獲得するべき知識や経験の質・量というのは、それに関わるツールの進化と共に時代とともに変わっていくのでしょう。単語を調べるのに、紙の辞書を使わなくなったように。KJ法やマインドマップがそのまま廃れないなら、それを作る過程(紙の辞書で調べるのに相当)は重要かもしれませんが、そうした行為はインスタント化され、よりその先の本来の目的に向けられるのかもしれません。
少し脱線すると、久々に試験勉強に取り組んで感じたのは、1次情報に当たることの重要性です。問題集や参考書は、便利だけど、知識の「借り物感」があり、自分のものとして使える実感がなかなか沸かないものです。イメージとしては、自分で買った車と、レンタカーの違いみたいなもので、体験にはなるけど、経験にならない感じがします。でも、目的地に着けば良いとか、旅を楽しみたいとか、「移動」という目的にフォーカスすれば、自分の車だろうがレンタカーだろうがどちらでも良いわけですね。でも、「自分の車がほしい」という気持ちがなかなか拭えないのも本音。
AIを使ったこの手のツールは、上の例で言えば車を所有することの先にある本来の目的である「移動」のような、「その先」についての思想がすっぽり抜けてしまっていることが多い気がします。つまり「マインドマップを完成する」とか「アイデアを並べる」とか、ゴールが完全に今のままになってしまっている。
もう2歩先ぐらいまでの世界を見させてくれるAI思考ツールがあれば、その先の本来の目的にフォーカスすることで、知識を所有することの意義が減り、そうしたAI思考ツール(この名前すら古く感じるぐらい)を日常的に使う時代が来るのかもしれません。
写真は、「AI思考ツールと、知識を所有すること」のAI生成画像です。
