「私だけが」「私ばっかり」という思いに支配されないために運のバランスは陰陽があるってことを知るって話【エッセイ/算命学】
算命学では、個人の宿命や運勢のバランスを見ますが、じつは、家族という小さな集団の中でも、見えない力が作用して運のバランスをとっていると考えます。
つまり家族という集団では、運の総量が決まっていて、エネルギーのやり取りが行われるため、その分配によってさまざまな形となるのです。
陽があれば陰がある。どちらか一方でも成り立ちません。
例えば父親も母親も働き者なのに、子どもがあまり活動的でない とか、兄弟の中の一人がとても強運で成功している陰で、ほかの兄弟は結婚できなかったり、お金で苦労したり など。
芸能人など、いわゆる物質的に成功した人の中で、子どもが刑事事件で捕まったり、兄弟に問題があったりしますが、片方が異常に上がれば、もう一方は下がるのも自然なバランスなのです。
三男が中学校で不登校だったとき、ある占い師さんに観てもらったのですが、「この子が家族の中では一番綺麗な宿命なのに、周りが変わり者ばかりだから、犠牲になっている」と言われたことがありました。
当時は、本人に一番問題があると思っていましたから、すぐには受け入れにくかったのですが、今となってみれば、なるほどと思うことが多々あるのですね。
私は天中殺中の天中殺と言われる日座中殺、長男と次男は宿命中殺で、三人ともじっとしていないほど活動的な変わり者(爆)
その上、もと夫は最身強という個性派揃いでした。
また、三男以外はみな合法(まとめるとか盛り上がる構造)を持っていて、家族みんなで、それ行け~~とばかりに盛り上がっていくことに、彼はいつも違和感と、それを強制されるしんどさがあったのだろうなと。
そのために、自分の思っていることや考えは理解されないだろうと諦め、常に一歩下がったところで、冷静に第三者的に見ることで、無意識に生き場所を確保したのでしょう。
今となっては、そのスタンスも理解でき、長男と次男(プラス私。笑)はなにかにつけて盛り上がってつるんでいても、三男が混ざらないことに違和感はなくなりました。
以前家族鑑定で相談を受ける中で、家族の一人が悪者になっているようなケースもあり、その為に他の者は嫌な思いをしている、損をしている、というようなことも聞くことがありました。
けれど、それぞれの関係を読み解くうちに、むしろ悪者と思われた人が、家族の負の部分を引き受けていることも少なくはありません。
人はひとりでは生きてはいけません。
誰かのサポートがあるからできていることや、無意識のうちに誰かの犠牲の上に成り立っていることもあるでしょう。また、逆もありきです。
そしてその関係は流動的で、立場が変わることもないとはいえないのです。
お互いが感謝しあえて、よりよいバランスの関係になることがベストですが、個々の宿命の消化の仕方や運気の問題もあり、簡単には行かないこともあります。
また、家族間でシーソー関係にあるケースもあって、それがシナリオの一部となっている場合もあるでしょう。
ただ、少なくとも、自分だけが損をしているとか、誰かのせいで と思わず、現在は陰の部分を担っていると考えれば、受け止め方が変わり、その関係も変わっていくように思います。
そして言うまでもなく、陽の立場でいる人は、その財や富や得たことを己の力だと勘違いせず、陰があるからこそ、おかげさまでという気持ちを忘れてはいけません。
最近、家族間での事件が多く、他人からみれば考えられないようなことがその起因となっていたり、家族だからこそ許せなかったり逃げ場がなかったのかもしれないと思え、やるせない気持ちになりますね。
「わたしだけが」「わたしばっかり」という思いに支配されたときは、今ここだけに焦点を合わせるのではなく、少し俯瞰したり、物理的にいったん離れることもいいかもしれません。
それは家族のみならず、社会においてのそれぞれの集団の中にあっても言えることかと思います。
気温や天候の変化が激しいこのごろですが、身体のバランスも整えて、まずは今私がここにあることに感謝して過ごしたいものです。
